カテゴリー「伝承文化」の記事

2020年4月25日 (土)

春日の杜から・・・

世の中の出来事を

 

白黒つけないで、観る見方がありまして

 

これがいいとか悪いとか

 

正しいとか間違っているとか

 

できるだけ人間の私利私欲を交えないで

 

ただエネルギーの動向だけを観る

 

感じるようにすると

 

コロナはコロナで

 

ひたすらに自分の仕事をしている

 

地球規模で

 

それがどう転ぶかは

 

ほんと人間次第

 

生命のダイナミックな流れをかんがえれば

 

今、抗菌だ殺菌だ

 

叩け殺せとやっている人間のほうが

 

後々に生態系のバランスを崩すことになる

 

ひいては自分たちにも返ってくるのでは

 

例えばこの写真のこの空間のなかに

 

生物はどれくらいいるのか

 

枯葉菌とか

 

自然発酵してる様々な酵母菌とか?

 

億はくだらないんじゃないかな

 

この空間だけで兆までいくかな

 

蚊やアリ 鳥 鹿 爬虫類
一個一個の細菌類 ウイルスもいるかも
壮麗なひとつのユニバース

 

古い木たちは

 

菌類やら昆虫類やらとバランスをとって生きている

 

生かされている

 

病気になっても薬や殺虫剤を撒かないから 肥料なども撒かないから

 

余計に長生き

 

千年以上とかって

 

人がいじくらないってすごい

 

度が過ぎる抗菌よりも

 

個々が健康であればいい

 

ヒトは自然の一部だと

 

知識では誰でも言っているようなことを

 

コロナはしっかりと思い起こさせてくれるだろう

 

 






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世の中の出来事を 白黒つけないで、観る見方がありまして これがいいとか悪いとか 正しいとか間違っているとか できるだけ人間の私利私欲を交えないで ただエネルギーの動向だけを観る 感じるようにすると コロナはコロナで ひたすらに自分の仕事をしている 地球規模で それがどう転ぶかは ほんと人間次第 生命のダイナミックな流れをかんがえれば 今、抗菌だ殺菌だ 叩け殺せとやっている人間のほうが 後々に生態系のバランスを崩すことになる ひいては自分たちにも返ってくるのでは 例えばこの写真のこの空間のなかに 生物はどれくらいいるのか 枯葉菌とか 自然発酵してる様々な酵母菌とか? 億はくだらないんじゃないかな この空間だけで兆までいくかな 蚊やアリ 鳥 鹿 爬虫類 一個一個の細菌類 ウイルスもいるかも 壮麗なひとつのユニバース 古い木たちは 菌類やら昆虫類やらとバランスをとって生きている 生かされている 病気になっても薬や殺虫剤を撒かないから 肥料なども撒かないから 余計に長生き 千年以上とかって 人がいじくらないってすごい 度が過ぎる抗菌よりも 個々が健康であればいい ヒトは自然の一部だと 知識では誰でも言っているようなことを コロナはしっかりと思い起こさせてくれるだろう

伊藤 えり(@for_solo_voice)がシェアした投稿 -

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2020年2月22日 (土)

休岡八幡宮御遷座祭 

奈良・薬師寺の東塔の修理が終わり、数年ぶりに覆いがはずされて話題となっていますが、その裏でもうひとつの修理が行われていました。

薬師寺の鎮守、休岡八幡宮様での檜皮葺の屋根の修復です。
数十年ごとに行われる大規模な修理で、下遷宮のときのお祭りの際にはわたしも祭典楽で参加させていただきました。

一般的に神社様の社殿などの修理の際にはまず、神様にいったん別の場所にお移りいただいて、それから修理、、、となります。

東京にいたときに、小さな神社さまの修理があり、その祭礼の奏楽に伺ったことがあります。


その神社様では「お御霊(おみたま)移し」とおっしゃっていました。

暗闇に警蹕の声が響き、汚れを移さないように白布をマスクのようにつけた神職さんたちが慎重に慎重に、ご神体をお運び申し上げて移動していきます。

神様に「お引越し」いただくときは、夜にご移動いただきます。


暗闇のなかを執り行われるご祭儀は、どんなに小規模であっても、とても厳かで、感慨深いものがあります。



3月21日、休岡のご神殿に神様が戻ってこられます。
小規模ですが道楽もあり、お能のご奉納も行われます。

わたしは祭典楽のほうで伶人として参加しますが、奈良でお稽古を受けている笙の生徒さんたちの祭典でのご奉納演奏も加えさせていただくことにしました(御奉納演奏をする4名のうち、おひとりは東京からご奉納にみえられます)。

平調調子三句目まで。短いですが、緊張する一瞬となりそう。。。

特に神社、お寺、天理教などとは関係なく、趣味で笙を吹いておられるかたがたばかりです。
笙のお稽古のなかで、神道や仏教、皇室文化などに興味をお持ちくださったかたもいらっしゃいます。

今回のご遷座での奏楽は、そうそうないことですので、敢えて参加させていただくことにしました。


夜18時から開始となります。
どなたでもご覧いただけます。
お近くのかた、ご関心お持ちいただけるかたは、ご参列されてみてはいかがでしょうか。

祭典楽のほうは三管揃います。



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2017年12月19日 (火)

今日は多忠麿先生のご命日で

12月19日は、わたしが20代の約10年近くをお世話になった多忠麿先生のご命日です。

平成6年のことでしたから、約23年前。
自分の人生で最も影響を受けた先生です。
不思議なことにその日は、柏市の自宅に初めて雅楽の仲間を呼んで合奏会と忘年会を行いました。課題曲は盤渉調の青海波。
以来、盤渉調の青海波には独特の想いがつきまとうようになりました。
今の宮内庁式部職楽部の前身として、雅楽には三方楽所というものがありました。
京都方、大阪・四天王寺方、奈良・南都(春日)方。
多家は京都方楽家です。
唱歌に何通りか歌い方があることを知ったのは、忠麿先生のお稽古で、でした。
三方楽所というものがあって、ここは春日方では、こう。。。というものを教えてくださったことがあったのですが、メモが残っているのは、わずか2ヶ所ほど。
春日方の歌い方というのは、東京では、もう消滅してしまったのではないでしょうか。

楽部の先生方は、「楽生」の時分に「楽部」で(楽家のかたは、それぞれのお家での指導があるかと思いますが)二人の指導教官について自分の専門の管を習われるそうです。
多忠麿先生の跡を継がれた多忠輝先生は、忠麿先生、そして薗広晴先生のご指導を受けられたとのこと。そして唱歌や手移りは、広晴先生の流儀を継がれました。
一番大きな違いは、下無の音へ移る際の音の「すりあげ」をするかしないか、です。

「喜瑞」というCDがあります。
龍笛が芝祐靖先生、篳篥が東儀兼彦先生、笙が豊英秋先生。
このCDにわずかに豊先生の唱歌が入っていますが、「すりあげ」をしない歌い方で、多忠麿先生の歌い方と一緒、でした。
豊家と多家はつながりはありませんが、ともに笙を専門とする、京都方の楽家。
同じような歌い方で、納得がいきました。
ちなみに、薗家は大阪方の楽家です。

楽部でも、おそらく明治の世からすでに150年以上も経っているので、唱歌やら奏法やらを統一されたいのだと思います。
少しずつそういう動きで流れているようですが、それぞれが伝承し、守ってこられたものですから、難しいようです。

また、もともとが三流派だったものなら、その三つの流れを残していってほしい、とも思います。
どちらが「正しい」、というものでもないのですし。

今、楽部で多忠麿先生の歌い方、手移りの仕方を伝承されているかたはいらっしゃるのでしょうか。。。
わたしが覚えているのは岩波滋先生、若井聡先生。
継承される先生はいらっしゃるのでしょうか。

毎年、整理に手をつけねば、、、と思っているのですが、多忠麿先生のお稽古の録音、当時の東京楽所のリハーサルの録音。
たくさん残っています。
カセットテープなので劣化が進む一方です。
今年こと、少しずつでもデジタル化するなり、メモとして残すなり、していきたいと思います。

ただ、人から人へと伝えていくのが伝承なら、このまま「春の世の夢のごとく」消えていくのもまた定め、とも思います。

たいていの人は、「法律文書のように1音たりともゆるがさないのが、伝承」と思っていらっしゃるようですが、「わずかなゆらぎ」(個人個人による誤差)があるからこそ、伝承が生き生きとしたものとして伝えられていくのでは、と30年以上雅楽に携わってきて、感じています。

30年以上前の録音や録画を見聞きすると、今、違和感を感じることもあり、逆に今の雅楽のなかに多少の違和感を感じることもあります。
雅楽も時代によって、大きな変動があったと思います。ただ、録音も録画もなかったので、「今」演奏されている音や舞が「伝承」ということになります。
多忠麿先生があるとき「君たちでダビングを録りなさい」とカセットテープをわたしてくださいました。「僕が30代の後半に録音したものだよ。今(当時50代の後半でいらっしゃいました)とぜんぜん、変わらないでしょ?」と自慢げにおっしゃっていました(笑)。

ご自分の全唱歌の録音でした。伊勢神宮にご奉納されたとおっしゃっていました。
ただ、この録音も、わたしたち最晩年の生徒が習ったものと、わずかに音程が違う個所がある曲が何曲か、ありました。

芝先生もやはり時々で音程が変わることがあるようです。

意図して変えられた部分と、意識しないうちに変わってきている部分とがあると思います。このあたりはもう本当に許容される「差」であって、「誤差」でさえ、ないのでしょう。次世代でまたどう変わっていくのか。


「そんなことを書いている暇があったら、勉強しなさい、勉強!」と忠麿先生の声がどこかからリアルに響いてくるような、、、?と、不肖の弟子は感じつつも(笑)、23年後の今日という日を奈良で、過ごしています。。。

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2017年1月 8日 (日)

薬もワクチンもいらないんじゃないかしら・・・

備忘録程度に書いておきます。。。

昨年の暮れに、父が高熱を出しました。
12月30日の朝5時ごろ、妹から電話
8度7分ほどの熱を出しているとのこと。

何しろ、父は4年前に心筋梗塞で心臓の一番太い血管がだめになり、あわやというところをカテーテルを通して一命を取り留め。。。

そのときの手術の影響もあって腎臓は現在透析寸前、正常な機能の3分の1しか働いていません。

その後も2回、もうだめかも、、、という感じで、救急車で運ばれています。
一度などは顔がどんどんどす黒くなって、病院側も、これは、、、と思ったそうです。旅行先の山形で倒れちゃって、家族全員、飛行機で駆けつけました。。。

。。。と、いう人なので、今かかっている2つの病院のうち、薬を出したがるお医者様のほうからは「絶対にインフルエンザワクチンを打ってくださいね!!」ときつく言われています。

うちは本人と家族で相談の上、これを無視。。。

4人家族でインフルエンザのワクチンを打った人はひとりもいず、インフルエンザにかかったことがある人も、またひとりもいないのです。。。必要ないよね。。。という感じです。

打って具合が悪くなった、という高齢者の話もちょくちょく、しょちゅう、聞きますし。やめておきましょう、と。。。

でも、今回は熱が8.7℃。。。

妹も考えてしまったようで、「どうしよう、どこの病院に行こう?」と相談の電話。迷いましたが、暮れの30日だけれども緊急なので、これまでの投薬を劇的に、ばっさり減らしてくださった、今の主治医の先生に相談してみたら、、、ということになりました。

先生は腎臓に特化した病院の院長なので、多分「どこの」病院がよいか、指示してくださるだろう。。。と思っていたのです。下手な病院にいっても年末で若いインターンしかいなくて、いきなり注射などを打たれても怖いですし。

ところが、先生からはなんと、「病院には行く必要なし。薬も必要なし。よく休ませてください」との指示のみだったとのこと!

えっ!!!

大丈夫なんだ!!!

その一言でどれだけほっとしたか。。。
幸い、高熱とはいえ、父本人も病院にはいかなくて大丈夫だから、と言っているとのこと。ここ数年でわかったのですが父の「大丈夫」はかなり信頼できるのです。

わたしも1日から浜松入りなので、心配は心配だったのですが、毎月父の状態を、かなり細かくチェックしてくださっている先生なので、信用することにしました。

そして翌日はいったん、7度台に下がったそうです。

ところが、31日夜に熱は再び上がってしまい、とうとう9度台に!!!

ええええっ!!9度!
それは、きつい。。。

本当に、大丈夫かなあ。。。

さすがに心配になりました。

1月1日が命日になっちゃったら。。。
しゃれにならないよ、お父さん。。。
毎年、あけましておめでとうございまーす、父の命日ですー、なんて。。。

と、自分で自分を奮い立たせるためにギャグを言い(不安になりすぎないためにも)、本人も大丈夫だと言っているし、熱も上がったり下がったりしているので、徐々に下がるだろうと判断。

そして2日に仕事を終えて、帰ったときには、、、

すでに平熱に近くなり、ベッドから起き上がって階下に降りてきてテレビをみながら、「はい、おめでとう」といってくれた父の姿がありました。。。

前述の通り、身体的には父の体はかなりぼろぼろなのですけれど。。。
薬をひとつも飲まずに、4日ぐらいで回復の兆し。

昨日7日には、もうお酒も飲み始めている、とは母の談(笑)。

人間の体って強いです。

素人判断が危険な場合もありますし、薬やワクチンのすべてが悪いとも思えませんが、8割から9割がたは、いらないのではないかと思います。

昨日は七草でしたが、体によい野草や野菜をとったり、冬至にゆず湯にはいったり、体を温めるショウガを入れた甘酒(酒カスや麹もとても体にいい)を飲んだり、そういったことだけでも軽い風邪なら大抵が抜けていきます。

父は本当に運が強いのです。

8度、9度の熱を出すと、体のなかのかなりの菌が死滅するといいますし、9度台の熱が出ると、がん細胞も死滅する、という説もあります。

がんの自然治癒例を集めた本を読んだことがありますが、そのうちのいくつかに共通していたのは、「寛解、あるいは治癒する直前に、9度以上の高熱を出す」というものでした。

もしかしら父も年末から「体内の大掃除」をしていたのかもしれません。薬なども飲まずに。。。

わたしは自分がずっと子宮筋腫や内膜症で苦しんでいたので、西洋医学だけでなく、いわゆる代替医療や食事療法も随分体験し、勉強もしました。

西洋医学否定派ではありませんが、自然療法でないと治らなかった人たちの実例も随分知っています。

気軽に飲んでいる風邪薬で、体内の細菌叢ががらりと変わってしまうこともあるそうなので、できる限り、薬は最小限に控えたほうがよさそうです。

皆さまもどうか、手軽な民間療法を取り入れながら、寒い冬を乗り切りましょう♪

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2016年3月29日 (火)

笙のお稽古備忘録

手移り。

すべて一緒ではないのです。

篳篥の旋律を活かすために、拍子通りに動かないといけないところ、少し重ために動くところがあります。

これは篳篥の旋律を覚えていないとできないことです。

初心者のかたは、ちょっと慣れてくると、すべての手移りのタイミングを少しずつ拍子からずらせばいいと勘違いされるようですが、ぴったり動かないと篳篥の旋律を邪魔したり、遅れてしまったり、ということになります。

少し前の演奏では、手移りをうんと待つところと、そうでないところのメリハリが非常にはっきりしていました。

最近は全体がもったりした感じになりつつあるように思います。

さっと移るて移りのあと、うんと粘る手移りをすると、次からテンポが遅くなってしまう篳篥や龍笛のかたもいらっしゃいますが、それは、「聴き過ぎ」、フレーズ間の間合いを持たせているだけであって、テンポを遅くしてほしい、ということではないのです。

このあたりの駆け引き、なかなかむずかしいのですが、うまくいくと楽しくなってきます。

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2016年2月11日 (木)

帝塚山大学の正倉院関係の聴講

上手く表示されるかしら。。。Facebook上にてアップしていただいた映像です。

半年間聴講をさせていただいた、帝塚山大学の牟田口先生の正倉院関係の特別講義、2月で終わりました。最後に御礼に竽を少しだけ、デモンストレーション。

牟田口先生、生徒の皆さん、本当にありがとうございました!

こちらの授業は後期だけの開講となるそうですが、一般のかたでも手続きをとれば聴講が可能です。正倉院展の時期に合わせて、ぜひ、聴講されてみてください。

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2015年6月12日 (金)

その決断の、深さと重さを思う

時代が、やはりどんどん変わっていく。。。

http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/sapio-20150611-01/1.htm

日本にとってのアヘンは、と考えると、げ○ん○ぱ○つだろうか?

「システム」の頂点にいる人がただ、自ら頂点をおりた、という話ではないと思う。

「システム」そのものを停止させてしまう、というのだから。

でも、何か「空恐ろしいくらいに」前向きな、何かを感じる。

「自立せよ」「自らの足で歩め」と柔らかな笑顔で諭されているような気がします。

わたし自身はチベット密教のことはあまり詳しくは知りません。
以前書籍も買って読もうとしましたが、難解で、ついていけませんでした。

ふと、「自分を捨てて死に、永遠の命をいただくのですから」という、あのアッシジの聖フランチェスコの言葉が思い浮かびました。

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2015年4月10日 (金)

すがちゃん

2015年2月22日の拙ブログの記事。

白い鹿のすがちゃん。
https://sho3ku.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-7906.html

関連記事を書こうとしていたら、wifiの接続の関係で飛んでしまったので、追記です。


http://www.kasuga-houshuku.jp/wp/wp-content/uploads/2014/12/89d981f4d3f450ce76725a3ae2e172f2.pdf

春日大社の御造替で、仮の宮へ神様がお移りになられた奉祝行事も無事に終わり、今、ご本殿を拝見することができます。

http://www.kasuga-houshuku.jp/

すがちゃんは奉祝行事のあいだだけ(確か、2年間とか?)しか販売されないそうで、大変めずらしいマスコットです。

上記の記事を書いたあと、ふたたびすがちゃんをプレゼント用に購入に、、、と、春日大社さんに伺ったところ、

ん?

春日大社内にできた臨時のアンテナショップに。。。

なんと春日大社の宮司様が。。。

アンテナショップそのものは、春日大社さんとは直接には関係ないそうなのですが、宮司様が店員さんと楽しそうに会話されていました。

さらに、すがちゃんをご購入(笑)。

宮司さんだから、タダで、プレゼント!、、、という訳にはいかないのですね(当然ですが、笑)。

連休中などに奈良にお越しのかたは、ぜひ春日大社様もお参りされて、「すがちゃん」をお探しください!

ちなみに「すがちゃん」は、「かすがちゃん」でもありながら「すがすがしい」のすがちゃんでもあるのだそうです。

次の御造替は20年後だそうですから、本当に、いろいろな意味で、ご本殿の参拝は、貴重なご経験になると思います。

ご本殿拝観は、5月31日まで。

奈良にいらっしゃる機会のあるかたは、是非足を運ばれてみては。

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2015年4月 9日 (木)

外資の発想

突然話が飛びますが、前の記事でりんごやさん(アップル)の話を書いたので、思いついたことを。

りんごやさんのGenius Barの対応、とても感じがよく、かつわかりやすくて助かりました。

昔、ヒューレットパッカードだったか、Dellだったか?
忘れましたがサポートセンターの対応がいかにも「外資的」で、やや憤慨したことがあります。

確か、PCの不具合に対し、「これこれこういったことを試してみようかと思うのですが?」と、確認してみたところ、「お客様の責任において、お客様が何をされようと自由ですが、それはこちらの関知するところではありません」

みたいな回答だったと思います。

いえ、、、尋ねたいのはそういうことではなく。。。

でも、コミュニケーションがとれなそうなので、あきらめました(相手は声の感じから間違えなくネイティブ・日本人

そのまま英文のマニュアルの注意書きの文を読み上げているようなご回答(笑)。

わたしは雅楽でまだまだ駆け出しの頃、外資系企業に勤務していたこともあり(いわゆる二足のわらじ)、欧米的なビジネスの仕方とか発想には、よくよく馴染んでいました。

十把一絡げには言えませんが、元々異文化同士、異民族同士が角をつきあわせて仕事をしてきている欧米文化です。

リスクを回避するための考え方が徹底しています。

かたや日本文化は、リスクは、来たときに対処すればいい、という考え方(笑)。
その分、お客様を大切にする、いわば「三方良し」みたいな考えが、今でも主体です。

ですが、アップルは創業者のスティーブ・ジョブスさん自身が、仏教(禅僧だったか?)に影響を受けていることもあり、サービス等がところどころ、「日本的」に思えます。

今の創業者に変わったあと、どうなっているのか、わかりませんが。。。

日本の文化の根源にあるものは、今後、世界規模で広まる「要素」を確実に宿していると思います。

とりあえず、うちのMacは元気になって戻ってくるようです(笑)。

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2015年4月 6日 (月)

変わっていくこと、あれこれ。

1985年から故・多忠麿(おおのただまろ)先生のご指導を約10年ほど受けていたのですが、21世紀にはいって10年以上もたちますと、やはりいろいろなことが変わってきています。

各管楽器のトップのことを「音頭」(おんど)と言っていましたが、最近は「主管」(しゅかん)ということが多くなってきたようです。

笛のトップだけを音頭、篳篥と笙は主管ということもあるようです。。。(唐楽曲の笛の独奏の部分を「笛の、音頭の部分」と表現することはよくありますが、、、、「笛の、主管の部分」ですと、納まりがよくない気がします)。

ですが、忠麿先生は「『主管』とは言いません」、とはっきりおっしゃっていたのを覚えています。

ただし、琵琶箏は「主琵琶(おもびわ)」、「主琴(おもごと)」です。

先生が急逝されたのが1994年。

その後、じわじわと主管という言葉を楽部の先生方もお使いになり始め、(おや?)と思っていました。

やがて東儀俊美先生が、最初のご著書で「主管」という言葉をお使いになってから、決定的になったようです。

笙の黒い、竹が立っているお椀のような部分も、昔は匏(ほう)と呼んでいました。
これも確か、多忠麿先生は、「頭」(かしら)とは、言いません、「匏」が正しい言い方、とおっしゃっていた、と記憶しているのですが、最近は「頭」という言い方のほうをよく耳にします。

確かに解りやすいのですよね。

「二の舞をふむ」、「ろれつ(呂律)が回らない」が雅楽由来の言葉であることは、間違いないと思いますが、「野暮」の語源が笙の「也、毛」(や、もう)であるという説、わたしはかなり疑っています。

篳篥の大名人でした、東儀博先生(1922年〜1998年)あたりが、この怪しい説の「出所」ではないかと思っています(笑)。

生前に博先生の生徒さんからも、ご本人からも、この説を伺ったことがありますが、厳しくて威厳のある先生だったにも関わらず、人が真面目に話を伺っていると、冗談だったり、、、真剣な顔で話を伺っていると、最後に大ウソ!だったことがわかり、こちらが赤面しているのを面白そうに、ニヤニヤされていました。

大変、茶目っ気のある先生でした。

笙の、リードがついていない2管が也と毛という竹なのですが、笙を習っている人でさえ、名称を忘れてしまっているような竹の名前です。

それが一般に「やぼ」という言葉に転じて広まり、人口に膾炙することが可能だったかどうか???

それに、也と毛の音が出せない=田舎っぽいという意味になかなかつながりません。

まあ、今はすでに「野暮」という言葉すら死語かも(汗)。

最初にこの説をやはりご著書でとりあげられたのが、おそらく安倍季昌先生です。

その後、東儀秀樹さんが楽部をお辞めになり、「メジャーデビュー」されたあと、盛んにいろいろな場でお話され、あっという間に雅楽の「ネタ」として、広まってしまったようですが。。。

わたしにはどうしても、博先生があの世でぺろっと舌を出しているお顔が浮かんで仕方がないのです(笑)。貴相鳳眼とはこういうお方の顔をいうのか、というぐらいきりりとした顔つきの先生でしたが、ちゃきちゃきの江戸っ子で、小気味良いしゃべり方の先生でした。

今ご存命でしたら100歳に近いお年ですが、そんな昔でも洋楽器(クラリネット)も名人級の腕だったようで、ニューヨークフィルの連中の前で演奏して、あいつらをびっくりさせた、、、、なんてお話を楽しそうにしていらっしゃいました。

晩年、地方のとある会でご一緒させていただくことがありましたが、ご高齢であったにも関わらず、大勢の初心者がめちゃくちゃに音を出しているその騒音のなかで、鋭い音が飛んできて、驚きました。

博先生の指導を受けておられたにも関わらず、まったく違う路線の篳篥だったのが、東儀兼彦先生でした。

博先生の篳篥はどちらかというと、ある意味泥臭く、古いタイプの篳篥でしたが、兼彦先生は古式の良さのなかで、モダンな洗練を雅楽に与えられたと思います。

わたしはずっとか兼彦先生の篳篥を生で聴いて、「これが雅楽」と思っていたので、初めて博先生の篳篥を録音で聴いたときに、(何となく、田舎っぽいなあ。。。)と思ってしまったことがありました。

お酒でいえば清酒とどぶろく(笑)。

細やかな小節(こぶし)がついていて、魅力的なのです。

ですが、兼彦先生の篳篥の高弟のお一人が、「博先生の音はすごい」とおっしゃっているのをきいて、(そうなんだ〜)と思いました。

話があちこちに飛んでしまいましたが、いろいろと変わってくることは、多々あるものだな、と思います。

これが100年、200年と経つと、どう変わっていくのでしょうね。

*参考までに wiki で野暮の語源。
http://ja.wikipedia.org/wiki/野暮

wikiはあてにならない情報も多いのですが、やはり、也と毛のことについては触れていませんね。。。

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