« JEUGIAミュージックサロン京都駅 ひと枠空きました | トップページ | 母は順調です »

2019年12月17日 (火)

遊べや遊べ

昨日は鹿の舟にて、特別講座「花と仏像講座」の「春日若宮おん祭」の回、杉謙太郎さんの立華奉納で笙の演奏をさせていただきました。

写真がないのが本当に残念です。

↓ご参考までに。

https://guillemets.net/tag/%E6%9D%89%E8%AC%99%E5%A4%AA%E9%83%8E/



でも、考えようによっては、「ない」からいいのでしょう。

写真は写真。立華奉納は動的です。
でも、映像でもあの雰囲気は、特に再現が難しそう。


 

ろうそくの明かりだけで、花が立てられ、おひとりおひとりが手をついて拝見していく。。。


宗教的な、緊張感。。。




そんななかで笙を奏でました。


透き通った水面にそびえたつような古木、そしてもみじ。

 

とてつもなく宇宙と響きを感じさせるものでした。。。



いろいろとね。


器が、経文を入れたものが発掘されて、、、とか、台は⚪︎○寺の古材とか。


後付けで入ってくる「知識」もありましたけどね。


それは、

後付けで。



あの空間と杉さんの所作と。そのなかで音を遊ばせた、

 

その体験だけが貴重で。


後付けは、また別立ての知的な「遊び」だあな、、、と思いました。

 

 

神楽歌に


汝(まし)も神ぞや 遊べ遊べ
君も神ぞや 遊べ遊べ

と、あります。


おん祭もそうですが、「遊ぶ」の意味が現代語の遊ぶとかなり違うように感じます。

神様に「こちら側」にいらしていただいて、お遊びいただく。




現代語では「遊ぶ」って、たとえば、

「遊んでいないで、仕事、仕事!」とか?


いい意味ではないことも多いと思います。

でも、「遊び」って、人の本義、神の本義ではないでしょうか?

↓数日前にこんなことも書きましたが、

https://sho3ku.cocolog-nifty.com/blog/2019/12/post-aec220.html




「遊び」の高貴な意味を復権したいなあ。。。

なんて(笑)。






さて、昨日の演奏で関西圏でのお仕事は仕事納め。

実は、11月に父が急逝し、今月に入り、さまざまなことが少し落ち着いてきたかとおもいきや。。。


母が転んで大腿骨骨折。
昨日が手術でした。

幸い経過は良好とのこと。。。

明日、急ぎ千葉のほうに戻ります。。。



« JEUGIAミュージックサロン京都駅 ひと枠空きました | トップページ | 母は順調です »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« JEUGIAミュージックサロン京都駅 ひと枠空きました | トップページ | 母は順調です »