自然素材を使った精密機械
ここ15、6年間、何人かの笙製作者のかたがたと、やり取りしています。
自分の楽器だけでなく、生徒さんの楽器も、お渡しする前には、プラ管であっても、全部チェックしています。
プラ管の笙は、初心者にとっては扱いやすく、基本的な性能はクリアしていると思います。
ただ、プラ管も本管も、時々出てくる不具合は、ある部分、仕方のないものです。
(絶対妥協できない不具合をのぞいて。。。)
笙はピッチが非常に正確に合っていないと、あの透き通るような合竹の音が出せません。
まるで「竹と、木と、漆、そして手で切られた小さな金属の板」で作られた、「精密機械」のようです。
ピッチのコントロールの部分は演奏者にゆだねられる笛や篳篥とは訳が違います。
(もちろん、笛や篳篥の楽器自体の律も、大事ですが。。。)
「精密さ」の度合いは、笙はある意味、「機械的、メカニカル」なところもあります。
さらにその「精密機械」の中にしょっちゅう息を吹き入れて、湿気を与えるのですから。。。
楽器の温めかたが足らないと、とたんに音が狂いだすのも、その仕組みを知っていると、非常によくわかります。
生徒さんには、かなりしつこく、楽器をよく温めるように、指導しています。
また、楽器の製作者のかたがたにも、かなりいろいろとお願いをしてしまいます(ときどき、「わたしって、嫌なやつかも。。。」と自問自答します。。。)
「自然素材」で作られた、精密機械ですから、、、
申し訳ない、、、と思いながら、「あと一歩先」をお願いしてしまいます。
実は笙には、「完璧」というところはあり得ません。
微細な不具合(不正確な部分)があって、それを全体の「合竹」のなかでうまく目立たなくしていくことでカバーしています。
harmony=調和=合竹が、「一本一本の完璧さ」からではなく、わずかな不具合を、「相性のよい音同士で、カバーしていく」のが、なんとも、考えてみたら、非常に哲学的です。
また、一時的に「完璧」であっても、経年変化や青石の塗り替え、長年の演奏で、状態はどんどん変わってきます。
どこまでを追求したらいいのか、、、
どこまでが追求できるのか、、、
と、いうことを追求しているような日々です。。。
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