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2011年9月 3日 (土)

ひかりって

なんでこんなに、大きなものでも小さなものでも、感動するんだろう。

8月の奈良の献灯会、走り抜けるように見てきましたが、暗闇のなかのたくさんのろうそくは、やはりお盆の時期だけあって、亡くなった人たちの魂が揺らめいているようにも思え、人間、好きな人も、嫌いな人も、大統領も、奴隷も、いい人も、悪い人も、自分達がつくりあげているだけで、亡くなってしまうと、みんな同じ、こんな光になって揺らめいているのかなあ、なんて思いました。

今日の台風の雨が打ち付けるなか、窓の外には遠景でゆらゆらと見える奈良の街の光が、雨ににじむように輝いています。

でも、光に感動できるのは、そこに闇があるから。。。

音に感動するのは、無音の状態(間)があるから。。。

今日は台風が来るのか来ないのかわからず、家にいることが多かったのですが、心なしか夕方の5時のお寺の鐘の音が普段と違って聴こえました。

少しいつもより澄んでいたような? 

わたしは台風による気圧の変化に敏感なほうです。
内耳の状態が変わったのか? いつもより風が強いから音の波が流れているのか?
鐘の状態が気圧で変わってしまうのか?

いずれにしても、音がくれる情報は、非常におもしろいです。
目と違って、耳はいつもで「開いて」いますから、無意識に受けている影響、とても大きいと思います。


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