疑問と課題
近世邦楽(いわゆる長唄、箏曲、尺八など)と雅楽は、あまりにもかけ離れすぎている。
その出自を思えば当然かもしれない。
かたや、民間の遊芸から発達した音楽。
かたや、海外から伝来し、貴族階級と宗教関係者の間で発達した音楽。
それぞれ接点がなかったとはいえ、例えば、近世邦楽を勉強した人がいきなり雅楽を勉強しようとしても、取り付く島がないだろうと思う。
共通言語がない。
能楽がわずかに雅楽に近いかもしれないが、やはり雅楽は外国の音楽、という気がする。
歌や篳篥の旋律は、かなり都節化(近世邦楽的メロディー化)しているのではないか、と思う。
ただ、雅楽の特異性を守れたのは、やはり固定音を死守してきた、笙という楽器があったからだろうと思う。
なぜ、わたしたちは、哀調を帯びたメロディーを「日本人好みの」と思うのだろう?
あかるい呂旋法的な雰囲気を野暮ったく思うのだろう?
対して、和琴の不思議な調弦は、なぜ残ったのだろう?
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