東大寺修二会(3)
わたしは仕事やら何やらなげうって、なぜ修二会に行くのだろうと考えてみると、理由はいろいろとあるのですが、ひとつには「自分」に会いに行っているような気がします。
あの局(つぼね)のなかで、じーっと声明を聴き、照らされている灯明を見、灯芯が燃える匂いをかぎ、日常の時間が薄れていくとすーっと頭のなかが澄んでいきます。
雅楽を演奏しているときとちょっと似たような感覚・時間です。
「音楽」として声明を聴いている部分もあるのですが、この100年間で、人間はまあ、音楽というものを随分せせこましくしてしまったなあ、と思います。
「生きる」こと自体が相当にせせこましくなっているし
そういえば、10年ほどブランクがあった修二会通いを再開することになったきっかけは、たまたまネット上で修二会の配役表をみつけ、S師が「大導師」を務められると知ったからです。もうたまらなくなって、一晩だけの聴聞に駆けつけたのです。それがおととしの3月。
S師の声明はそれはそれはすばらしくて、学生時代、随分録音を録りました。
「鬼神をも動かす」という言葉がありますが、自由闊達なお声と迫力で、聴いているだけでもう、幸せに
一度だけ、知人に連れられて塔頭にお邪魔したことがあります。
作曲もされるとかで、オペラを作っておられる最中でした。
友達と「Sさんが作曲って、、、オペラって、、、シンセサイザーとか弾いてたりして・・・まさかね!」とぼそぼそつぶやいていていたら、気配を察されたようで・・・
「じゃーん!」とおっしゃって隣の部屋を見せてくださり・・・なんと、そこにはシンセやらアンプやらがぎっしり!!!
今から20年ほど前のことですから。。。
今ほどシンセも普及しておらず、プロフェッショナルなミュージシャンでもない限り、持っている人は、そうそういなかった時代です。
YAMAHAのDX7とか、かなりよさげな機材が、畳のお部屋を占領していました!
もう、一同びっくり!
ここはどこ?
東大寺の塔頭では~~~?(爆)
S師のお話は爆笑の連続で、話の途中に立ち上がって、いきなり歌いだしたり、まじめな話を振られると、突然いびきをかいて寝た振りをしたり(「こらっ」、と突っ込みたくなりました!笑)、異常にテンションの高い、「ひょうひょうとした、けったいな」お坊さまでした!!!
「わし、やりすぎていつもみんなに嫌われてますねん、うううう(と、泣くまね)」というお言葉が印象的でした(笑)。
今年も磐石の大導師作法、わくわくしながら拝聴させていただきました
「観自在」を歌で感じさせてくださるお坊様です。。。
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