東大寺修二会(2) 思い出。
初めて修二会に行ったのは大学1年生のとき。
芸大の宿舎が奈良にあって、格安で長期滞在できました。
なぜ、修二会に行こうと思ったのか?それは高校生のときに柴田南雄先生のご本で「劇場空間としてのお水取り」という文を読んで、なんとなく、興味を持っていたからです。(そうか・・・すでに10代のときから、関心はあったんだ・・・)。
特にお経や声明に興味があったわけではありません。
入学後、すでに雅楽は始めていましたが、その頃はまだ、笙の大恩師の多忠麿先生にもであっていず、とりあえず、大学の授業のなかで、のんびりと履修していました。
学生時代は何かとお金がないもので、ケーキ屋さんでバイトをして、資金をため、青春18切符を使い、深夜発の鈍行電車を乗り継ぎ乗り継ぎ・・・奈良まで10時間ぐらいかけていきました。
当時は芸大楽理の先輩や美大のほうの人で、すでに修二会の「主(ぬし)」のような人が何人かおり、ほぼ毎日、自転車で二月堂まで行っては、案内してくださいました。お昼ごろの日中の行、日没(にちもつ)、初夜、後夜、晨朝。
たいまつは夜7時からですが、それから大体、深夜零時まで。
遅いと2時ぐらいまで。
身を切るような寒さのなかを自転車をこいで帰ってきて、それから朝方までみんなでしゃべりながら飲んでいたりとか。。。
本当に、いい時代でした。。。
初めから14日間、全部見るのが当たり前、と思っていたので、14日間の行のほとんどを、常連さんの詳細にわたる解説つきで、体験することができたのです。
芸大の宿舎の所長さんも、本当におもしろい人で、学生に混じって深夜まで、よく飲んでいました。
「あなたは、もう、決まり、だね、毎年、来るね」
と、冗談めかして最後の晩に言われたのははっきり覚えています。
図星でした(笑)。さすがに14日間滞在できたのは、その年だけでしたが、それでも学生時代は大体、1週間とか5日間かとか、滞在していました。
ただ、所長さんはその数年後に、急逝され。。。
もう、あの宿舎で、お酒を酌み交わすことも、できません。


















