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2009年9月24日 (木)

白洲次郎さんから想いだすこと。。。

NHKのドラマを見ていました。。。白洲次郎さんのドラマ、3回シリーズ。

似てる。。。白洲次郎さんは、生前の、多忠麿(おおのただまろ)先生にとても似ていらっしゃるのです。
わたしの笙の先生で、20代ずっとお世話になりました。
京都方楽家の多家37代目当主。
太安万侶(おおのやすまろ)の子孫。

優雅なお育ちで、頭がよく、貴族的な正義感の持ち主。
政治力にも長け、でも、とてもかんしゃく持ちで、怒らせるととても怖かった。

一度目のミスは大目にみてくださったが、同じことを2回やると、かんかんになって怒った。それはプロでも、素人の生徒さんでも変らなかった。

なのに、、みな、先生を慕っていた。
怒るのは、「できる」と信じていらっしゃるから、それをこちらがないがしろにしているから、、、と、後年気がついた。

恐ろしく強いのに人に対する繊細な気配りは並大抵ではなく、その両極端が魅力でもあった。

戦後の雅楽界の、大きな牽引力であったはず。
「雅楽大系」のレコーディングから始まって、さまざまなCDのプロデュース、レコーディング、演奏会の企画、ご自身も演奏や舞、歌を続けながら、さらに、小学館からの「雅楽のデザイン」という素晴らしいご本の出版。

行動的な先生は、敵も多かった。
世を去られてはじめて、自分がどれほど守られていたのかを知った。

いろいろな人が先生に助けられていた。
たくさんの雅楽器職人さん、海外からの留学生。目下のものを全力で助け、大切にする自然な態度はまさに「高貴なものに伴う義務」そのものだった。

何か、いつも高次の次元でものごとを考え、行動されていた。

はじめてのお稽古で、もう、その歌や音楽のとりこになった。
芸大に入る前、入ったあとも、いろいろなジャンルの音楽をいろいろな先生に習ったが、あとは多先生以外に見えなくなった。

今でも先生の音楽の魅力はまったく失せていない。
人としての魅力も。

テレビを観ていて、「懐かしい」とさえ、感じてしまいました。
あの頃のあの空気。
あの貴族的な雰囲気を思い出すたびに、やはり古典をもっともっと勉強したくなる。

ただ、忠麿先生のほうが、もう少しだけ、ハンサムだったかもしれません(笑)。

白洲さん、ごめんなさい。

身びいきです。。。どうか、お許しを。


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