カテゴリー「伝承文化」の記事

2017年1月 8日 (日)

薬もワクチンもいらないんじゃないかしら・・・

備忘録程度に書いておきます。。。

昨年の暮れに、父が高熱を出しました。
12月30日の朝5時ごろ、妹から電話telephone
8度7分ほどの熱を出しているとのこと。

何しろ、父は4年前に心筋梗塞で心臓の一番太い血管がだめになり、あわやというところをカテーテルを通して一命を取り留め。。。

そのときの手術の影響もあって腎臓は現在透析寸前、正常な機能の3分の1しか働いていません。

その後も2回、もうだめかも、、、という感じで、救急車で運ばれています。
一度などは顔がどんどんどす黒くなって、病院側も、これは、、、と思ったそうです。旅行先の山形で倒れちゃって、家族全員、飛行機で駆けつけました。。。

。。。と、いう人なので、今かかっている2つの病院のうち、薬を出したがるお医者様のほうからは「絶対にインフルエンザワクチンを打ってくださいね!!」ときつく言われています。

うちは本人と家族で相談の上、これを無視。。。coldsweats01

4人家族でインフルエンザのワクチンを打った人はひとりもいず、インフルエンザにかかったことがある人も、またひとりもいないのです。。。必要ないよね。。。という感じです。

打って具合が悪くなった、という高齢者の話もちょくちょく、しょちゅう、聞きますし。やめておきましょう、と。。。

でも、今回は熱が8.7℃。。。

妹も考えてしまったようで、「どうしよう、どこの病院に行こう?」と相談の電話。迷いましたが、暮れの30日だけれども緊急なので、これまでの投薬を劇的に、ばっさり減らしてくださった、今の主治医の先生に相談してみたら、、、ということになりました。

先生は腎臓に特化した病院の院長なので、多分「どこの」病院がよいか、指示してくださるだろう。。。と思っていたのです。下手な病院にいっても年末で若いインターンしかいなくて、いきなり注射などを打たれても怖いですし。

ところが、先生からはなんと、「病院には行く必要なし。薬も必要なし。よく休ませてください」との指示のみだったとのこと!

えっ!!!sign02

大丈夫なんだ!!!

その一言でどれだけほっとしたか。。。happy01
幸い、高熱とはいえ、父本人も病院にはいかなくて大丈夫だから、と言っているとのこと。ここ数年でわかったのですが父の「大丈夫」はかなり信頼できるのです。

わたしも1日から浜松入りなので、心配は心配だったのですが、毎月父の状態を、かなり細かくチェックしてくださっている先生なので、信用することにしました。

そして翌日はいったん、7度台に下がったそうです。

ところが、31日夜に熱は再び上がってしまい、とうとう9度台に!!!

ええええっ!!9度!sign02
それは、きつい。。。

本当に、大丈夫かなあ。。。coldsweats02

さすがに心配になりました。

1月1日が命日になっちゃったら。。。
しゃれにならないよ、お父さん。。。weep
毎年、あけましておめでとうございまーすup、父の命日ですーdown、なんて。。。

と、自分で自分を奮い立たせるためにギャグを言いcoldsweats01(不安になりすぎないためにも)、本人も大丈夫だと言っているし、熱も上がったり下がったりしているので、徐々に下がるだろうと判断。

そして2日に仕事を終えて、帰ったときには、、、

すでに平熱に近くなり、ベッドから起き上がって階下に降りてきてテレビをみながら、「はい、おめでとう」といってくれた父の姿がありました。。。

前述の通り、身体的には父の体はかなりぼろぼろなのですけれど。。。
薬をひとつも飲まずに、4日ぐらいで回復の兆し。

昨日7日には、もうお酒も飲み始めている、とは母の談(笑)。

人間の体って強いです。

素人判断が危険な場合もありますし、薬やワクチンのすべてが悪いとも思えませんが、8割から9割がたは、いらないのではないかと思います。

昨日は七草でしたが、体によい野草や野菜をとったり、冬至にゆず湯にはいったり、体を温めるショウガを入れた甘酒(酒カスや麹もとても体にいい)を飲んだり、そういったことだけでも軽い風邪なら大抵が抜けていきます。

父は本当に運が強いのです。

8度、9度の熱を出すと、体のなかのかなりの菌が死滅するといいますし、9度台の熱が出ると、がん細胞も死滅する、という説もあります。

がんの自然治癒例を集めた本を読んだことがありますが、そのうちのいくつかに共通していたのは、「寛解、あるいは治癒する直前に、9度以上の高熱を出す」というものでした。

もしかしら父も年末から「体内の大掃除」をしていたのかもしれません。薬なども飲まずに。。。

わたしは自分がずっと子宮筋腫や内膜症で苦しんでいたので、西洋医学だけでなく、いわゆる代替医療や食事療法も随分体験し、勉強もしました。

西洋医学否定派ではありませんが、自然療法でないと治らなかった人たちの実例も随分知っています。

気軽に飲んでいる風邪薬で、体内の細菌叢ががらりと変わってしまうこともあるそうなので、できる限り、薬は最小限に控えたほうがよさそうです。

皆さまもどうか、手軽な民間療法を取り入れながら、寒い冬を乗り切りましょう♪

| コメント (0) | トラックバック (0)
|

2016年3月29日 (火)

笙のお稽古備忘録

手移り。

すべて一緒ではないのです。

篳篥の旋律を活かすために、拍子通りに動かないといけないところ、少し重ために動くところがあります。

これは篳篥の旋律を覚えていないとできないことです。

初心者のかたは、ちょっと慣れてくると、すべての手移りのタイミングを少しずつ拍子からずらせばいいと勘違いされるようですが、ぴったり動かないと篳篥の旋律を邪魔したり、遅れてしまったり、ということになります。

少し前の演奏では、手移りをうんと待つところと、そうでないところのメリハリが非常にはっきりしていました。

最近は全体がもったりした感じになりつつあるように思います。

さっと移るて移りのあと、うんと粘る手移りをすると、次からテンポが遅くなってしまう篳篥や龍笛のかたもいらっしゃいますが、それは、「聴き過ぎ」、フレーズ間の間合いを持たせているだけであって、テンポを遅くしてほしい、ということではないのです。

このあたりの駆け引き、なかなかむずかしいのですが、うまくいくと楽しくなってきます。

| コメント (0) | トラックバック (0)
|

2016年2月11日 (木)

帝塚山大学の正倉院関係の聴講

上手く表示されるかしら。。。Facebook上にてアップしていただいた映像です。

半年間聴講をさせていただいた、帝塚山大学の牟田口先生の正倉院関係の特別講義、2月で終わりました。最後に御礼に竽を少しだけ、デモンストレーション。

牟田口先生、生徒の皆さん、本当にありがとうございました!

こちらの授業は後期だけの開講となるそうですが、一般のかたでも手続きをとれば聴講が可能です。正倉院展の時期に合わせて、ぜひ、聴講されてみてください。

| コメント (0) | トラックバック (0)
|

2015年6月12日 (金)

その決断の、深さと重さを思う

時代が、やはりどんどん変わっていく。。。

http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/sapio-20150611-01/1.htm

日本にとってのアヘンは、と考えると、げ○ん○ぱ○つだろうか?

「システム」の頂点にいる人がただ、自ら頂点をおりた、という話ではないと思う。

「システム」そのものを停止させてしまう、というのだから。

でも、何か「空恐ろしいくらいに」前向きな、何かを感じる。

「自立せよ」「自らの足で歩め」と柔らかな笑顔で諭されているような気がします。

わたし自身はチベット密教のことはあまり詳しくは知りません。
以前書籍も買って読もうとしましたが、難解で、ついていけませんでした。

ふと、「自分を捨てて死に、永遠の命をいただくのですから」という、あのアッシジの聖フランチェスコの言葉が思い浮かびました。

| コメント (0) | トラックバック (0)
|

2015年4月10日 (金)

すがちゃん

2015年2月22日の拙ブログの記事。

白い鹿のすがちゃん。
http://sho3ku.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-7906.html

関連記事を書こうとしていたら、wifiの接続の関係で飛んでしまったので、追記です。


http://www.kasuga-houshuku.jp/wp/wp-content/uploads/2014/12/89d981f4d3f450ce76725a3ae2e172f2.pdf

春日大社の御造替で、仮の宮へ神様がお移りになられた奉祝行事も無事に終わり、今、ご本殿を拝見することができます。

http://www.kasuga-houshuku.jp/

すがちゃんは奉祝行事のあいだだけ(確か、2年間とか?)しか販売されないそうで、大変めずらしいマスコットです。

上記の記事を書いたあと、ふたたびすがちゃんをプレゼント用に購入に、、、と、春日大社さんに伺ったところ、

ん?

春日大社内にできた臨時のアンテナショップに。。。

なんと春日大社の宮司様が。。。

アンテナショップそのものは、春日大社さんとは直接には関係ないそうなのですが、宮司様が店員さんと楽しそうに会話されていました。

さらに、すがちゃんをご購入(笑)。

宮司さんだから、タダで、プレゼント!、、、という訳にはいかないのですね(当然ですが、笑)。

連休中などに奈良にお越しのかたは、ぜひ春日大社様もお参りされて、「すがちゃん」をお探しください!

ちなみに「すがちゃん」は、「かすがちゃん」でもありながら「すがすがしい」のすがちゃんでもあるのだそうです。

次の御造替は20年後だそうですから、本当に、いろいろな意味で、ご本殿の参拝は、貴重なご経験になると思います。

ご本殿拝観は、5月31日まで。

奈良にいらっしゃる機会のあるかたは、是非足を運ばれてみては。

| コメント (0) | トラックバック (0)
|

2015年4月 9日 (木)

外資の発想

突然話が飛びますが、前の記事でりんごやさん(アップル)の話を書いたので、思いついたことを。

りんごやさんのGenius Barの対応、とても感じがよく、かつわかりやすくて助かりました。

昔、ヒューレットパッカードだったか、Dellだったか?
忘れましたがサポートセンターの対応がいかにも「外資的」で、やや憤慨したことがあります。

確か、PCの不具合に対し、「これこれこういったことを試してみようかと思うのですが?」と、確認してみたところ、「お客様の責任において、お客様が何をされようと自由ですが、それはこちらの関知するところではありません」

みたいな回答だったと思います。

いえ、、、尋ねたいのはそういうことではなく。。。

でも、コミュニケーションがとれなそうなので、あきらめました(相手は声の感じから間違えなくネイティブ・日本人coldsweats01

そのまま英文のマニュアルの注意書きの文を読み上げているようなご回答(笑)。

わたしは雅楽でまだまだ駆け出しの頃、外資系企業に勤務していたこともあり(いわゆる二足のわらじ)、欧米的なビジネスの仕方とか発想には、よくよく馴染んでいました。

十把一絡げには言えませんが、元々異文化同士、異民族同士が角をつきあわせて仕事をしてきている欧米文化です。

リスクを回避するための考え方が徹底しています。

かたや日本文化は、リスクは、来たときに対処すればいい、という考え方(笑)。
その分、お客様を大切にする、いわば「三方良し」みたいな考えが、今でも主体です。

ですが、アップルは創業者のスティーブ・ジョブスさん自身が、仏教(禅僧だったか?)に影響を受けていることもあり、サービス等がところどころ、「日本的」に思えます。

今の創業者に変わったあと、どうなっているのか、わかりませんが。。。

日本の文化の根源にあるものは、今後、世界規模で広まる「要素」を確実に宿していると思います。

とりあえず、うちのMacは元気になって戻ってくるようです(笑)。

| コメント (0) | トラックバック (0)
|

2015年4月 6日 (月)

変わっていくこと、あれこれ。

1985年から故・多忠麿(おおのただまろ)先生のご指導を約10年ほど受けていたのですが、21世紀にはいって10年以上もたちますと、やはりいろいろなことが変わってきています。

各管楽器のトップのことを「音頭」(おんど)と言っていましたが、最近は「主管」(しゅかん)ということが多くなってきたようです。

笛のトップだけを音頭、篳篥と笙は主管ということもあるようです。。。(唐楽曲の笛の独奏の部分を「笛の、音頭の部分」と表現することはよくありますが、、、、「笛の、主管の部分」ですと、納まりがよくない気がします)。

ですが、忠麿先生は「『主管』とは言いません」、とはっきりおっしゃっていたのを覚えています。

ただし、琵琶箏は「主琵琶(おもびわ)」、「主琴(おもごと)」です。

先生が急逝されたのが1994年。

その後、じわじわと主管という言葉を楽部の先生方もお使いになり始め、(おや?)と思っていました。

やがて東儀俊美先生が、最初のご著書で「主管」という言葉をお使いになってから、決定的になったようです。

笙の黒い、竹が立っているお椀のような部分も、昔は匏(ほう)と呼んでいました。
これも確か、多忠麿先生は、「頭」(かしら)とは、言いません、「匏」が正しい言い方、とおっしゃっていた、と記憶しているのですが、最近は「頭」という言い方のほうをよく耳にします。

確かに解りやすいのですよね。

「二の舞をふむ」、「ろれつ(呂律)が回らない」が雅楽由来の言葉であることは、間違いないと思いますが、「野暮」の語源が笙の「也、毛」(や、もう)であるという説、わたしはかなり疑っています。

篳篥の大名人でした、東儀博先生(1922年〜1998年)あたりが、この怪しい説の「出所」ではないかと思っています(笑)。

生前に博先生の生徒さんからも、ご本人からも、この説を伺ったことがありますが、厳しくて威厳のある先生だったにも関わらず、人が真面目に話を伺っていると、冗談だったり、、、真剣な顔で話を伺っていると、最後に大ウソ!だったことがわかり、こちらが赤面しているのを面白そうに、ニヤニヤされていました。

大変、茶目っ気のある先生でした。

笙の、リードがついていない2管が也と毛という竹なのですが、笙を習っている人でさえ、名称を忘れてしまっているような竹の名前です。

それが一般に「やぼ」という言葉に転じて広まり、人口に膾炙することが可能だったかどうか???

それに、也と毛の音が出せない=田舎っぽいという意味になかなかつながりません。

まあ、今はすでに「野暮」という言葉すら死語かも(汗)。

最初にこの説をやはりご著書でとりあげられたのが、おそらく安倍季昌先生です。

その後、東儀秀樹さんが楽部をお辞めになり、「メジャーデビュー」されたあと、盛んにいろいろな場でお話され、あっという間に雅楽の「ネタ」として、広まってしまったようですが。。。

わたしにはどうしても、博先生があの世でぺろっと舌を出しているお顔が浮かんで仕方がないのです(笑)。貴相鳳眼とはこういうお方の顔をいうのか、というぐらいきりりとした顔つきの先生でしたが、ちゃきちゃきの江戸っ子で、小気味良いしゃべり方の先生でした。

今ご存命でしたら100歳に近いお年ですが、そんな昔でも洋楽器(クラリネット)も名人級の腕だったようで、ニューヨークフィルの連中の前で演奏して、あいつらをびっくりさせた、、、、なんてお話を楽しそうにしていらっしゃいました。

晩年、地方のとある会でご一緒させていただくことがありましたが、ご高齢であったにも関わらず、大勢の初心者がめちゃくちゃに音を出しているその騒音のなかで、鋭い音が飛んできて、驚きました。

博先生の指導を受けておられたにも関わらず、まったく違う路線の篳篥だったのが、東儀兼彦先生でした。

博先生の篳篥はどちらかというと、ある意味泥臭く、古いタイプの篳篥でしたが、兼彦先生は古式の良さのなかで、モダンな洗練を雅楽に与えられたと思います。

わたしはずっとか兼彦先生の篳篥を生で聴いて、「これが雅楽」と思っていたので、初めて博先生の篳篥を録音で聴いたときに、(何となく、田舎っぽいなあ。。。)と思ってしまったことがありました。

お酒でいえば清酒とどぶろく(笑)。

細やかな小節(こぶし)がついていて、魅力的なのです。

ですが、兼彦先生の篳篥の高弟のお一人が、「博先生の音はすごい」とおっしゃっているのをきいて、(そうなんだ〜)と思いました。

話があちこちに飛んでしまいましたが、いろいろと変わってくることは、多々あるものだな、と思います。

これが100年、200年と経つと、どう変わっていくのでしょうね。

*参考までに wiki で野暮の語源。
http://ja.wikipedia.org/wiki/野暮

wikiはあてにならない情報も多いのですが、やはり、也と毛のことについては触れていませんね。。。

| コメント (0) | トラックバック (0)
|

2014年12月16日 (火)

深夜に若宮おん祭り

今、夜10時を回ったところなのですが、今晩は深夜零時に春日大社若宮おん祭りの遷幸の儀があります。

http://www.kasugataisha.or.jp/onmatsuri/1217.html

雨こそあがったものの、強い風が吹き、ご奉仕されるかたがたはさぞかし大変なことでしょう。

JR奈良駅まで自転車で行き、そこからタクシーで行ってみようか、などと無謀なことも考えているのですが、強風の音をきくと、やや気持ちがなえます。

東大寺の修二会と違って(修二会は15、6回(年)は聴聞)、おん祭りはただの1度、それもおそらく20数年前に拝見しに来ただけで、だいぶ様子も変わったことと思いますが、遷幸の儀の印象は、強烈に焼き付いています。

おん祭り、特に遷幸の儀は、一生に1度でも、誰もが拝見しておくべきお祭りかと思います。

心、というか、魂が原初に還っていくような、不思議な儀式です。

明日は夕刻から延々と舞楽ですね。

寒いなかを大変だとは思いますが、奏楽・奉舞されるみなさまがたが、ちょっぴり羨ましいです。

| コメント (0) | トラックバック (0)
|

2014年2月16日 (日)

過去の、記憶の再生

「録音」というものは、なかなかやっかいなもので。

自分が生で体験してきた音は、どんなに録音の状態が悪くても、再生装置がよくなくても、再生されているときに、「自分が体験したときの感じ」をそのまま再生してしまう傾向があるようです。

例えば、わたしが20代のときにお世話になっていた、多忠麿(おおの ただまろ)先生の唱歌の録音を聴くと、どんなによくない音質であっても、わたしの頭のなかでは、当時の先生の歌そのままに再生されてしまう、ということです。

つまり、多先生をご存知ないかたがたにとって、その録音がどのように聴こえているのか、、、わからないところもあります。

紫絃会の演奏を聴いても、10名近くの先生がすでにこの世にいらっしゃらない会ながら、その大半の先生方の演奏をリアルタイムで聴き(さすがに「紫絃会」そのものがあったときは、まだ雅楽を始めていませんよ、笑)、またおそばで演奏させていただいていたので、余計によく聴こえてしまうのかもしれません。

まあ、でも、結局演奏そのものが凄いと、録音状態が優れていなくても伝わってくるものは必ずあります。

ただ、「昔はよかった〜」を繰り返す年寄りにはなりたくないので(笑)、「今」という時代のなかで、どのように笙を演奏していくか、常に求めていきたいと思っています。

| コメント (0) | トラックバック (0)
|

2014年1月16日 (木)

その後のご報告(NEXCO西日本様よりメールをいただきました)

訂正が大変遅くなってしまったのですが、当ブログ「笙の響きと雅楽の愉しみ」ともう一つのブログ「Project Etenraku」にアップした記事内容(12月12日付、両方の記事は同一内容)に、ご覧になられたNEXCO西日本さんからご連絡をいただきました(12月19日付)。

ご指摘の趣旨は、

1)(わたしの記事の内容)過去2回の検討会に関しては、事前にNEXCOさんからメールにて開催の通知があったのに、第3回目からは突然来なくなった。

→(NEXCOさんのご回答)
これまでは東京の、「SAVE THE 鵜殿ヨシ原」実行委員会の窓口に可能な限り、説明を続けてきたが、窓口のかたからご返信をいただけない状況が続いた。

連絡をすることが、ご迷惑になっているのだろうか?と判断、連絡をとることを差し控えることにした。

2)(わたしの記事の内容)NEXCOさんの「国交省が行ってきた導水路を作る、などの事業をNEXCOの工事によって、ストップさせる訳がないでしょう」という、ややお怒りに満ちた(?)ご発言に、「その根拠となる具体的な計画や信憑性のあるプランが出されていないのでは?」と疑問を呈したところ、

→(NEXCOさんのご回答)
導水路については機能を継続すると明言することで、導水路停止に伴う影響等の懸念材料を減らしたいというものです。


3)(わたしの記事の内容)
「11月18日に「SAVE THE 鵜殿ヨシ原」の活動によって大臣に7万9000筆近くもの署名が提出されたことについて触れられたのですが、、、(NEXCOの担当者のご説明の声が)なんだか、怒りに声が震えておられ。。。 云々」

→(NEXCOさんのご回答)

署名については、11/18に国交省へお持ちいただきましたので、同様の内容でご心配の方がいらっしゃることを事業者も認識しているということをお伝えする主旨です(新名神整備事業の法律上の事業者であるNEXCOに対して、国土交通省からも連絡がなされているということをお伝えしておこうということです)。

******

とのことでした。

拙ブログをよく見つけてくださって、とても丁寧にご回答くださり、感謝申し上げます。
疑問に思っていた部分も氷解いたしました。


さて、1)については、「SAVE THE 鵜殿ヨシ原」事務局に確認をとってみましたところ、「NEXCOさんからのメールに対して返信をしなかったのは1件だけ、SAVE THE 鵜殿ヨシ原の運動に賛同、協力してくださっている『呼びかけ人』に対して、説明をしたいので、全員の連絡先を教えてほしい、、、と言ってこられたときのことだけ、です」とのこと。。。

なるほど。。。
http://www.save-udono.com/%E5%91%BC%E3%81%B3%E3%81%8B%E3%81%91%E4%BA%BA/

こうして「SAVE THE 鵜殿ヨシ原〜雅楽を未来につなぐ〜」という活動趣旨にご賛同くださった皆様のご住所や電話番号、あるいは職場のメールなどの個人情報を、道路の施工者であるNEXCOさんにはお教えできないですよね。

それは、無理ですよ。。。ということで、「SAVE THE 鵜殿ヨシ原」事務局側でも、黙殺されたのだそうですが、それはそれで、一言、お断りのメールがあってもよかったのでは、とも思います。

どっちもどっち?happy01

まあ、「検討会のご案内」、今後はいただけることになりましたので、わたしの懸念は吹き飛びました。

2)に関しては、さらに質問をしたいと思っています。
「導水路」、作られてから数年間は成果があって、ヨシもまた再生してきていたようですが、ここ数年、どうも成果が芳しくないようですね。

効果は、あったのです。絶滅寸前まであと一歩、、、というところだった篳篥用のヨシも、導水路のおかげで、立派なヨシが再び、育つようになったのですから。

でも、ここ数年は鵜殿の保全に半生かけてこられた小山先生も、やや苦戦中。。。



鵜殿のような地形で、どのように地上と地下で水が動いているのか、まだ正確には、誰も把握できていない。。。

で、NEXCOさんも検討委員会のなかで調査の報告をされていましたが、やはりあれだけのお金と時間をかけても、なかなか難しいものだなあ、、、、と感じました。


この段階で「導水路の機能を継続する」と明言できるのは、なぜなのでしょう?

また、現在の導水機能レベルでは、ヨシは減る一方、ということなら。。。

「新たな手を打たなければ」国交大臣が公言してくださったように、「高速道路も予定通り、通しながらヨシを増やす」ということは、できるのでしょうか?


3)に関しては、

「NEXCO側も、署名活動などの提出があり、心配している方々いらっしゃるということは認識しています、、、」ということをお伝えしたかった、ということですが。

会場で実際に聴いていたわたしは(うっへえ、、、なんで、わたしたち、NEXCOさんに怒られているの?)と感じましたよ。。。

(このまま、わたしたちの心配をよそに、NEXCOさんの独走で、工事に突っ走っていくのだろうな。。。)とも。


ただ、その後のブログにも書きましたが、

http://sho3ku.cocolog-nifty.com/etenraku/2013/12/post-6b8d.html

http://sho3ku.cocolog-nifty.com/etenraku/2013/12/post-3dcd.html

NEXCOさんが、検討会をもっと効率的に進め、小山先生の発言なども元にしながら、詳細な調査と実験を速やかに進めれば、ヨシの万全な保全、「もしかしたら」できるのでは、と思うのです。

わたしが一番不安なのは、むしろNEXCOさんが「篳篥用のヨシは増やせます」と「明言」されていることです。

河川の改修工事などが原因で、ヨシは壊滅状態となり、現時点では、ヨシを増やす、ということは近年、「誰も、やりたくても、やれなかった」ことです。


どんな手術だって、成功の、100%の保証はあり得ません。
疲えいしきったヨシ原を高速道路の大工事が行われる。

むしろ「不安材料」(と、いうか、「ここがこうなった場合」ヨシは枯れるという、具体的な説明)もあったほうが、お話に信憑性があります。

いわゆる手術の前の「インフォームドコンセント」のようなもの。



例えば、ですが、導水路が工事の影響でストップしてしまった場合、NEXCOではこういった方法がとれます。。。みたいなご提案などがあると、いいのですけれどね。


いずれにしても、NEXCOさんからご回答をいただけたことは非常にありがたかったです。

今後、不安な点はまめに問い合わせをさせていただくつもりです。


わたしはNEXCOさんもお気の毒だと思っています。

国交大臣がなんの根拠もなく、「高速道路を開通させながら、ヨシ原の保全だけでなく、ヨシを増やします!」などと、東儀秀樹さんに公言してしまったのですから。

「現状維持」でさえ、不可能な状態なのに、「増やさないといけなくなってしまった」のですから。。。


小山先生と共闘していただいて、なんとかしていただきたいものです。

そのためには、「ヨシが増やせました」という、具体的なご報告を待ち望みます。

| コメント (0) | トラックバック (0)
|

より以前の記事一覧