カテゴリー「笙・・・演奏に関して」の記事

2017年4月18日 (火)

笙のお手入れーー油分について(1)

笙に油分を与えるかどうか、ご質問をいただきました。
数回に分けてご回答させていただきます。

まず、楽部の先生方がよくされているのが顔の油(笑)。

えーっと思われるかもしれませんが、少なくとも多忠麿先生、多忠輝先生が実際に顔をごしごしと楽器に押し当てられているお姿を「目撃」していますので、間違ったやり方ではないと思います(現在、お若い先生方がされているかどうかは、定かではありませんが)。

わたしも学生時代、ノーメークの状態で(化粧品類は訳のわからない薬品が入っているため、とりあえずNG)顔をこすりつけてみましたが、たいへんいいツヤになりました。

ですが、長期的にみて、顔の油は人間という「動物の油」でもあるわけです。
その人の体調次第では、酸化してきたときに、徐々に臭ったりして(!?)と思います。わたしもやはり皮脂を塗るのはだんだんと抵抗が出てきて、やめてしまいました。

次にいいと言われているのが、椿の油。
ですがこれも品質を選んだほうがいいと思います。(続く)。

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2017年4月15日 (土)

楽器のお作法

笙の扱い方にはお作法があり、楽器の温め方と同時にお教えしています。
形ばかりのもの、と考えてか、だんだんと粗雑に扱うようになる人が多いのですが、笙は知れば知るほどに繊細な楽器です。

笙の古典調律は、音律がぴたっとあって、あの透明感が出るので、できるだけ狂わせたくないのですが、やはり演奏しているうちに、湿気がのってきてわずかずつながら狂ってきます。。。(笙だけでなく、洋楽器の管楽器も長時間演奏しているとピッチが上がってきたりしますね)。

でも笙のピッチはちょっとした衝撃などでも変わってしまうことがあるので、楽器を置く際にはやはり袋の上に置きたいです。

直置きは厳禁です!!!

昔、東京楽所のリハのときに多忠麿先生に呼ばれて、慌てていたので袋も楽器ケースもそばになく、胡床の上に笙をすっと置いて、立ち上がってしまいました。間髪を入れず、そばにいらした東儀兼彦先生に「楽器を直に置くのはやめなさい!」とすごい剣幕で怒鳴られてしまいました。

恥ずかしかったの、なんの。

笙のお作法では、袋の上に笙を置く向きさえも決まっていて、それがどれほど楽器の「事故」を防いてくれているか。。。
うっかりひっかけたり、取り落とす事故が、それによって減らされていると思います。そばを離れていても、よそを向いていても、いつでも楽器が必ず同じ位置にあるのですから。

古いしきたりのようなものでも、意外と合理性が潜んでいることがあります。
でも、何十年か続けていないと、わからないこともあります。
「ばかばかしい」と思えるものもあります。

そして中には明らかに非合理的に感じられるものもありますから、それはそれで、「時代のふるい」にかけられていくしかないのでしょう。

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2017年4月12日 (水)

音名は、最初は教えません。。。

わたしが笙の指導を始めて、最初の頃、唱歌を歌ってから、音名(平調、壱越、などの雅楽音名)で音程などを説明していましたが、特に洋楽の素養がある人は、それらをド、レ、ミに頭のなかで変換して、12平均律的な音程で歌ってしまうんですね。

で、あるときから、「とにかく録音を聴いて」真似ていただくようにしたら、だいぶよくなりました。

例えば、多忠麿先生は、比から一の音程は狭く狭く、と注意されていました。
確かにこの神仙と盤渉は平均律からするとかなり狭い音程のようです。

笙は、唱歌の音程などが吹奏には直接影響してきませんから、そこまでこだわらなくても、、、とは思うのですが、やはり雅楽の唱歌らしく歌っていただきたいので、そのようにご注意申し上げています。

ネットのどこかで、「笙はピュタゴラス音律、篳篥、龍笛は12平均律」などと説明している人がいましたが、大変大きな間違いです。

篳篥と龍笛が平均律の音程になってしまったら、雅楽は終わったも同然です。
と、いいますか、味もそっけもない演奏になってしまうでしょう。

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2017年4月11日 (火)

楽には大まかに三流派があり、

昭和60年から平成の6年ごろまで、多忠麿先生にご指導いただき、何よりたくさんの舞台を一緒に経験させていただいて、実地でたくさんのことを学びました。

今では「三方楽所」という言葉もだいぶ広まりましたが、当時はまだそういった認識も雅楽界ではあまりありませんでした。

そんな時代でも、先生はお稽古の際に「僕はこう歌うけれど、春日型はこう歌う」みたいなことをちらっとおっしゃってくださったことがあります。
残念ながら、楽部には今、春日型の唱歌を歌っておられるかたがいらっしゃるのか、わたしにはわかりません。

源流が「三本」あって(大阪、奈良、京都)、それを束ねたのが今の宮内庁楽部です。本当は一本化されたいようですが、なんとなく昔の名残がずっと残っているようです。

個人的には、ずっと残ってほしいと思っています。

そんな訳で、ひとつの歌い方が「絶対に正しく」て、「他は間違い」ということではありません。

唱歌その他のことでも、ここに書いていくことが「絶対に正しい」わけではなくて、なかには真逆のこともありえますが、わたしは習ったことを書いていきますので、そのあたりの「ゆるい」ご理解をお願いいたします。

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すべての動作はゆったりと

雅楽、特に管絃では、「急激な動作」を嫌います。

舞楽でも、あまりに派手に息を張ると、「品がない」「やりすぎ」と、まだ慣れていないころはよく怒られました。。。ただ、非常に広い屋外での舞楽は、おそらく少し派手目にしないと、迫力が出ないような気もします。

場に合わせて、ということは、多忠麿先生もよくおっしゃっていました。
名言「四畳半なら四畳半にあわせて、武道館なら武道館に合わせての演奏を心がけること」。これはコラボで演奏するときも、肝に銘じるようになりました。

早物、たとえば四拍子では「4拍目で指をすりはなして、裏拍のト」で指穴を押さえますが、三拍目で「指をすり」はじめます。

その準備動作があって、四で指を柔らかくはなすと、非常に優雅ですし、もちろん、音も違います。

この動作なく四拍目で突然指を離すと、突然音がなくなります。
よくしなる良いリードでしたら、「指をすりはなす音」が聴こえるはず、です。

最近「四拍目」で、急激に指をぎゅっとすって、ぱっとはなす人が多いようです。
「そう習いました」という人も、なかにはいて、びっくりするのですが、指の動きをみていても、格好がよくないのです。

急激な変化がよろしくない、ということは篳篥の先生方も盛んにおっしゃっています。

自分でいろいろ試してみて、実際の音の違いや「見え方」も鏡などで確認しながら、研究されてみてください。

最終的には先生がどうおっしゃっても、自分がやらないと、自分が試行錯誤しないと、上達しません。

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2017年4月10日 (月)

拍子はフレーズでとるように

笙の唱歌の拍子ですが、1音1音、一拍一拍でとらないで、フレーズ単位、「旋律のまとまり」単位で歌ってください。

手で拍子をうちながら歌いますが、これがすでに洋楽のとりかたになっている人、たくさん見かけます。

これは笙だけでなく、篳篥も龍笛も同じことだと思います。

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2017年4月 8日 (土)

息をはって手移りで落とすこと

おとといまで東京教室、昨日は大阪でリハ、今日は京都JEUGIAミュージックサロン京都駅でお稽古、終わったあとリハ。

お稽古で気になることを書きます。

特に於世吹きですが、はったあと手移りで必ず音量を絞ってください。

これがないと於世吹きの意味がなくなります。

最初は相当、意識しないとできないようですので、気をつけて。

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2016年12月 7日 (水)

引っ張られる能力

雅楽の合奏では、音頭(主管)に当たった場合は助管を引っ張る能力が必要ですが、助管の場合は引っ張られる能力も必要です。

自然に、流れに沿う能力です。
よく自然の世界の映像などで、鳥の群れや魚の群れの大群が、誰が指示しているわけでもないのに、なんらかのルールがあるかのように動いて、壮大なダンスをしているかのように見えるものがありますよね。

雅楽の合奏の流れは、まさにそのような感じだと思います。

助管は自己主張してもしょうがないのですし、かといって自分を殺してしまう訳でもありません。

「合わせる」訳ではないのです。
意識せずしても流れに乗れる能力です。
ある種の、素直さが必要とされ、相当に演奏の能力が高い人でないとできなことかもしれません。

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2016年12月 3日 (土)

まずは聴く能力を身につけること

唱歌の訓練は、耳の訓練でもあります。

英語の勉強に例えれば、例えば日本人が苦手なLとRの発音。

「当然」のことですが聞き分けられなければ、発音できません。

特に篳篥や龍笛は同じ音名でも微妙な高さを使い分けていますし、笙は音頭にあたった場合、龍笛の音頭の人のテンポ感を正確に感じなければいけません。

これまで教えてきて上達が早い人は、聴くだけでなく、「感応能力」が強いようです。

歌だけでなく、姿勢なども自然に良く、「理解力」というよりは「先入観なく」感じる力が強い人が、自然に伸びていきます。

感覚が「素直」なんです。
*感覚の話で、ご性格とはまた別です!

逆に、自己主張が強い人、先入観が強い人はあるレベル以上伸びない。。。残念ながら「思い込み」がフィルターになってその先に進めません。

こういったことはテクニックとはまったく別の話です。

「感応能力」=「センス」を常に磨くことは大事です。

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2016年11月13日 (日)

「ドビュッシーとの散歩」

青柳いずみこさんの「ドビュッシーとの散歩」。

ついつい忙しいのに手を伸ばしてはちらちらと読んでしまいます。

「ドビュッシーの美意識にぴったりはまるのは、むしろわたしたち東洋人の感性なのだ。。。」

という一文に思わずにっこり。

笙や雅楽の響きと、ドビュッシーの音楽の不可思議な類似。

わたしはあるタイプの即興では、かなりドビュッシーが使う和音、使っていると思います。

ドビュッシーが聴いたら、なんとするかしらん♪





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