カテゴリー「笙・・・演奏に関して」の記事

2016年12月 7日 (水)

引っ張られる能力

雅楽の合奏では、音頭(主管)に当たった場合は助管を引っ張る能力が必要ですが、助管の場合は引っ張られる能力も必要です。

自然に、流れに沿う能力です。
よく自然の世界の映像などで、鳥の群れや魚の群れの大群が、誰が指示しているわけでもないのに、なんらかのルールがあるかのように動いて、壮大なダンスをしているかのように見えるものがありますよね。

雅楽の合奏の流れは、まさにそのような感じだと思います。

助管は自己主張してもしょうがないのですし、かといって自分を殺してしまう訳でもありません。

「合わせる」訳ではないのです。
意識せずしても流れに乗れる能力です。
ある種の、素直さが必要とされ、相当に演奏の能力が高い人でないとできなことかもしれません。

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2016年12月 3日 (土)

まずは聴く能力を身につけること

唱歌の訓練は、耳の訓練でもあります。

英語の勉強に例えれば、例えば日本人が苦手なLとRの発音。

「当然」のことですが聞き分けられなければ、発音できません。

特に篳篥や龍笛は同じ音名でも微妙な高さを使い分けていますし、笙は音頭にあたった場合、龍笛の音頭の人のテンポ感を正確に感じなければいけません。

これまで教えてきて上達が早い人は、聴くだけでなく、「感応能力」が強いようです。

歌だけでなく、姿勢なども自然に良く、「理解力」というよりは「先入観なく」感じる力が強い人が、自然に伸びていきます。

感覚が「素直」なんです。
*感覚の話で、ご性格とはまた別です!

逆に、自己主張が強い人、先入観が強い人はあるレベル以上伸びない。。。残念ながら「思い込み」がフィルターになってその先に進めません。

こういったことはテクニックとはまったく別の話です。

「感応能力」=「センス」を常に磨くことは大事です。

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2016年11月13日 (日)

「ドビュッシーとの散歩」

青柳いずみこさんの「ドビュッシーとの散歩」。

ついつい忙しいのに手を伸ばしてはちらちらと読んでしまいます。

「ドビュッシーの美意識にぴったりはまるのは、むしろわたしたち東洋人の感性なのだ。。。」

という一文に思わずにっこり。

笙や雅楽の響きと、ドビュッシーの音楽の不可思議な類似。

わたしはあるタイプの即興では、かなりドビュッシーが使う和音、使っていると思います。

ドビュッシーが聴いたら、なんとするかしらん♪





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2016年10月25日 (火)

10月22日、正倉院展開幕!!!(Facebookより転記)

Facebookは随時更新しているのですが、、、
写真はアップできませんが、文章のみ、コピペ。

10月22日の記事より

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いろいろな用事が押せ押せになり、もっと早い時間に出る予定でしたが、5時ギリギリで正倉院展着。

本日初日。

おかげで今日は伺う予定だった京都のコンサートをひとつキャンセル。。。
ゴメンナサイ、上畑さん、中村さん。。。

でも今日、正倉院展に行けないと、東京にまたしばらく出てしまうので。。。また3日での公開講座の準備のためもあって、とにかく急ぎ、奈良博へ。

今回、初めて実物の正倉院の「仮斑竹の笙と竽」を拝見しましたが、こんなきれいな笙は、見たことがない、というくらいの「もの凄い」ものでした(笙と竽はあと、「呉竹の笙と竽」というものがそれぞれ2管ずつあります)。

「正倉院の笙だから」「御物だから」ということを差し引いて考えたとしても、、、、

笙として、竽として、素晴らしくきれいな管です。

古い管はいろいろと見てきていますが、奈良朝〜平安時代ぐらいまでの笙は、だいたい匏が比較的小さめで、竹がすらりと長く、大変に女性的な感じがします。スリムで、きれいなのです。

それなのに、弱い感じがまったくしない。

5時ごろはちょうどご来場者も少なく、、、

遠くから見つけて、思わず「ああ!」と思い、かけ寄りそうなったぐらいの、存在感。。。

おそらく室町ぐらいから竹も太いものを使うようになり、江戸期あたりになるとむっちりとした、大ぶりの笙になってきます。

やはり武家の社会になって、「音量」が求められるようになったのでしょうか? 
かたや、正倉院の竽も笙も、とても華奢な感じです。
そして、信じられないくらいの竹の艶!

今まで写真でしたか見たことがありませんでしたが、近くで見て、ますます、その艶に驚きました。

笙に関しては「これ、平成作の笙とちゃうの?」と言って通り過ぎた人がいて、思わず笑ってしまいましたが、古管というのは、だいたい竹の乾燥が進み、割れたり欠けたり折れたりしているのに。。。

1300年近く前の竹が。。。
いったいどういうことなんだろう。。。

笙は、わずかに竹組みの歪みが始まっているようでしたが、竽のほうはほとんど歪みも、隙間もほとんどありません。

経年変化で17本の竹の組みも、ずれたりねじれたりしてくることが多いのですが。

あの竹をあのように組み合わせ、その形を維持するのは、大変な技術の結果なんです。。。
(*目録を見ていたら、竽の竹は二本が後補だそう)

細かく拝見しているうちに、楽器に演奏しやすいようにと、さまざまな工夫がしてあることがわかり、やはり実演で使われていた楽器なのでしょう。
匏の小ささから、演奏していたのは女性ではないか、、、とも思います。

遠く1300年も前の笙の演奏者と、ガラス越しに少し「対話」ができたような気がしました。

こんにちは。
わたしは平成の笙の奏者です。。。
どんな曲を演奏されていたのですか。。。?

この、奈良の地でどのような人生を送られたのですか。
今、日本の雅楽で伝承されている笙が、「この笙」とその周辺の時代の笙あたりから始まっているのかと思うと、「笙のご先祖様」に出会った気分です。

しかもまだ生き生きとしたご先祖様に。
ああ〜、きれいだったな。。。

感動で、もう涙腺がゆるみっぱなしです。

そのせいか?風邪を引いてしまいました(笑)。

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2016年10月22日 (土)

息は張ったら、こまめに落として!

ブログ、なかなか更新できなくてすみません。

このところ指導していて気になる点です。
息は張るほうにばかり注意しないで、
「手移りの際にかならず落としましょう」
張りっぱなしというのは、いわば、「アクセル踏みっぱなし」の状態。
手移りのときに必ず、軽く「ブレーキ」をかけましょう。
雅楽、特に管絃では、急激な音の変化や動作を嫌います。
手移りはただでさえ「音が変わるところ」ですからそこで音を絞らないと。
次の気替えも同様です。
於世吹きになるとかなり忙しくなります(笑)。

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2016年8月21日 (日)

お稽古のポイントーーー合奏の間合い

文章に、「。」「、」句点、読点があるように

音楽にも句点読点があります。

雅楽にももちろんあります。

文章を朗読してみると、間合いに違いがわかりますね。←(ハイ、朗読してみましょう、笑)。

同じ間合いでも「、」のときの間合いが短くなる。「。」はやや長目の間合いがあって、次の文章へ。。。

音楽では、音楽的なフレーズや構成のまとまりです。

越天楽などは、句点「。」がくるような感じの部分は、各行の終わり。

ここは通常、間合いが長くなるので、笙の手移りはかなり待ってあげるような感じ。

こういったメリハリがないと、文章でいえば「棒読み」のようになって、楽もつまらなくなります。




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2016年3月29日 (火)

笙のお稽古備忘録

手移り。

すべて一緒ではないのです。

篳篥の旋律を活かすために、拍子通りに動かないといけないところ、少し重ために動くところがあります。

これは篳篥の旋律を覚えていないとできないことです。

初心者のかたは、ちょっと慣れてくると、すべての手移りのタイミングを少しずつ拍子からずらせばいいと勘違いされるようですが、ぴったり動かないと篳篥の旋律を邪魔したり、遅れてしまったり、ということになります。

少し前の演奏では、手移りをうんと待つところと、そうでないところのメリハリが非常にはっきりしていました。

最近は全体がもったりした感じになりつつあるように思います。

さっと移るて移りのあと、うんと粘る手移りをすると、次からテンポが遅くなってしまう篳篥や龍笛のかたもいらっしゃいますが、それは、「聴き過ぎ」、フレーズ間の間合いを持たせているだけであって、テンポを遅くしてほしい、ということではないのです。

このあたりの駆け引き、なかなかむずかしいのですが、うまくいくと楽しくなってきます。

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2015年10月26日 (月)

youtube映像3本

時間がないので、まずはリンクだけ。。。

8月に銀座ミツバチプロジェクト10周年記念&ニホンミツバチARK登録記念フォーラムにて短いレクチャーと演奏をさせていただきました。

そのときの映像を地元の東京・中央区の「まちひとサイト」の藤井俊公さんが見やすいように編集、youtubeにアップしてくださっています。その映像が先ほど届きました。

映像は全部で3本。

どれも3分から5分程度に編集してくださっていますので、ご覧になりやすいと思います。
(当日は全体で20分程度でした)。

また、とてもよいビデオカメラで収録してくださり、会場の響きも笙にはありがたい感じで収録されています。

笙は、まだまだその音さえも知らないかたが多いので、きれいに撮って(録って)ご紹介いただけるのは、本当に嬉しいです。

藤井さんに感謝、です!!

http://machihito.blog131.fc2.com/blog-entry-1747.html
*このとき使った笙は洋楽ピッチの笙ですので、普段にもまして華やかな音です。

藤井さんとは何度かメールでやり取りをさせていただいていますが、ライブやお祭りなどの音楽関係の映像も収録されて、さまざまなことにお詳しいです。
わたしもいくつか拝見しましたが、興味深い映像が満載。

面白いページですので、他の映像も是非、チェックされてみてください。

さて、そろそろ奈良の工場跡事務室でのコンサートです。

こちらも非常に楽しみです。

初めてのかたが多いと思いますので、笙という楽器の詳細な解説、そしてご要望もあって、正倉院の楽器のお話などもさせていただきます。

ちょうど昨日から正倉院展も始まりました。

その後東京に飛んで、9日には箜篌(くご)との共演もあります。

先日のリハでは、非常に繊細で、その、奏者の指先からほろほろとこぼれてくるような音に感動しました。表現力のあるモダンなハープに比べると、初々しさが漂う、優しい音色の楽器です。

正倉院づいて(?)おります(笑)。

そして明日は帝塚山大学にて聴講中の、牟田口先生の正倉院についての講義です。

え、腰痛ですか?

ただ今、養生中です。。。
東京の長島鍼灸院に電話をして、対応策を教えていただきました。
これで意外によくなるのですから、本当に長島先生はありがたいです。
だましだまし、、、ではなく、だんだん良くなってきているようです。

(皆様、ご心配のメールやら、メッセージ、ありがとうございました!

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2015年10月 7日 (水)

楽に吹くためにー姿勢

笙を習い始めのころは、指順に気をとられたり、気替えの前に息を張らないといけないので、そちらに気をとられたり、で、気がつくと、肩がぎゅっと縮こまってしまいます。

肩があがり、鎖骨が縮まれば、当然胸式呼吸になります。

しかも、上腕が力が入っているので、息がたくさん吸えない胸式呼吸です。

姿勢も格好がよくなく、

「なんで、この人はこんな苦しい態勢で吹いているのか?」

と思います。

ただ、一度に全部のことができる人は少ないので、まずは合竹と指順を覚えていただいてから、徐々に力を抜いて、腹式呼吸を覚えていただくようにしています。

笙は楽器の構え方が原因で、この姿勢になりやすいようです。
お稽古で、「はい、構えて」というと、くっと肩まで上がってしまう。
「はい、力抜いて」というと、ぱたっと肩が落ちる。

それぐらい、瞬時に力が入ってしまいます。

篳篥や龍笛は、肩を落として(力を抜いて)吹かないと、やはり格好もよくないですし、多分、楽器が鳴ってきません。

笙の場合、わずかな息でも音が鳴るため、ひとによっては、何年もそのままできてしまいます。「直そう」と思わないと直りません。

時々、ネットなどで、肩を思いっきりすぼめ、楽器にしがみつくようにして吹いている伶人さんの映像を見ると、「もっと楽に吹ける方法があるのよ〜」とお伝えしたくなります。

コツは腹式呼吸と、きれいな姿勢をイメージすることです。

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2015年9月 5日 (土)

笙の人もしっかり歌い込んで

笙は、ただ吹いたり吸ったりを規則的な息の張りをつけるだけで演奏できる簡単な楽器、と思い込んでいる人も多いようですが。。。

きちんと合奏全体の流れを意識しながら、篳篥、龍笛を活かすように演奏するのは、大変な楽器です。

「息の張り」にもバリエーションがあり、その元になっているのは、やはり旋律型です。

「笙の真骨頂」ともいうべきところで、息を絞ってしまう人も多く、なんとももったいない話です。

笙は、合奏ではサポートに回ることが多い楽器です。

華やかな音色の楽器ですが、唐楽の演奏では黒子に徹することが大事です。

やたら息ばかり張っている笙は、しろうとさんには上手に聴こえるかもしれませんが、品がなかったり、見当違いの張り、だったりします。

かたや、出るべきところでは、しっかりと出る。支えてあげる。

笙は自分の唱歌はもちろんのこと、完璧ではなくても篳篥の唱歌ぐらいは歌い込んでおきましょう。

慣れてくると篳篥の唱歌のパターンも分かり、すべてを網羅しなくても、そのパターンの応用で結構吹けるようになると思います。

大抵の部分では黒子に徹しますが、もちろん「活かすも殺すも、笙次第」の部分も多いのです。

日本全国の笙吹きの皆さん。

黒子に徹しつつも、、、

がんばりましょう!

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