カテゴリー「笙・・・演奏に関して」の記事

2018年4月20日 (金)

お稽古の重要なポイント

18日に東京教室を終えて、奈良に戻りました。

ピアノも割とそうなんですけれどね。。。

笙を習う人は、自分の音をよく聴く練習、訓練もしましょう。

楽器のほうがきれいかつ正確な音を出してくれるので、篳篥や龍笛に比べて、自分の音を聴いていない人が多いような気がします。

ピアノも、ものすごいテクニックと、メカニックな耳の良さがあるのに、まるでタイプライターを叩いているような、無表情なピアノ演奏をする人がいます。

笙も、一応譜面通り、手移りもできていて、気替えの位置もあっているのですが。。。

全然、自分の音を聴いていないんだなあ、、、と思える人、います。

笙も、和音(合竹)で歌っているんです。

よくお稽古のときに言いますが、

鳳凰が、羽を広げるようなイメージで

息を張りましょう。

のびのびと、優雅に。

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2018年4月10日 (火)

上手な人との合奏会の機会が多いようであれば、

前の記事にこのようなことを書きましたが、

上手な篳篥さんや龍笛さんがいて、合奏会がしょっちゅうあるような会などに所属されていたり、熱心にCDなどの演奏を聴き込んでいる人には、音程などを最初に説明しても、大丈夫だと思います。また、グループのお稽古で、周りにしっかり歌えるベテランの人が多いようであれば、問題ないでしょう。
要は「生の、『雅楽語』に触れる機会が多い人には、洋楽調のクセのようなものがつかない」ということ。。。
英語の勉強に例えれば、最初に唱歌を音名で習ってしまい、生徒さんがそれを頭のなかで洋楽のド、レ、ミの音に変換しているとすると、ローマ字だけで英語を習ってしまうようなもの、なのです。
逆に例えると、外国のかたで「ぅわたくぅしわぁ、にほんごぅをはなしますぅ」のように発音する人、時々いらっしゃいますが、そういう感じの雅楽になってしまうと、もったいないなあー、と。時代の流れ、と諦めてもいいのかもしれませんが、わたしはできるだけ、食い下がる(今の伝承を残したい)ことにしました(笑)。
拍節についても同様です。
拍節のほうは、さらに説明が難しいので、また後日。

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2018年1月17日 (水)

すべてはきれいな音からー姿勢と緊張と呼吸

昨日、奈良に戻りました。

東京の初稽古も無事に終了。
12月がお休みだったこともあり、1月はお稽古希望者が増え、久々に1日4レッスン(8時間!)だった日も。
また、これも久々ながら合奏会も無事に開催できました。
(講師は篳篥の新谷恵先生とわたし)。
月1回のお稽古ですので、習うほうも大変かと思いますが、今年はさらに姿勢と呼吸を意識して指導していきたいと思います。
常々思っていますが、特に「若い人の呼吸が浅い」です。
そして、日々の呼吸の浅さからか、体の緊張がほぐれていないのでしょう。

腹式呼吸をお教えしても息が入っていかない。。。
脱力ができないんです。

さらに、楽器を温めてから「はい、構えて」というと笙を持ち上げると同時に、「くっ」と肩に力が入ってしまう。
このまま吹き続けると、それはもちろん息が続かないわけです(笑)。
篳篥でも龍笛でもそうかと思いますが、不思議と体を捻ったりふったりしながら強い音を出そうとすると、強い音(特に、豊かな音)は出ません。
体の勢いとともに音を飛ばせば、強い音が出そうですが、管が響かないのか、どうも音がぶれるようです。
特に雅楽は強い音やアクセントになるような音、急激に変化する音を嫌いますから、柔らかさのなかでのしなやかな強さが必要とされます。
そういった音は、体の軸をぶれさせないようにしないと出ないようです。
かたや、洋楽などの演奏のときには、わたしは体を使って表現します。
雅楽とは真逆、リズム感ははっきり表現しないといけないですし、ディナーミクなども雅楽とはまったく違う発想で成り立っていますから。
ちょうど日本語で話すときは穏やかに話し、英語で話すときは身振り手振りなど、アクションや顔の表情をはっきりさせたほうが伝わりやすいのと一緒かもしれません。
姿勢がよくないと、笙にとっては最重要な呼吸がうまく使えず、そして緊張もとれてきません。
そして、もちろん、それらが整って、「きれいな音」を出そうと意識することが大切です。
実は「腹式呼吸で」とか「背筋と首をまっすぐに」とテクニクカルなことから指導していますが、「きれいな音を出そう」と意識していろいろやってみると、自然と形ができてくるはず、なのです。
最初時間はかかりますが、体が覚えてしまう=身につくことですから、きれいな音を意識して姿勢を整えていけば、楽になるはずです。

古典では、最終的には「優雅さ」が必要とされますから(一番お教えするのが難しいところですが)、そこをどうお伝えしていくか、を指導する側としては目指したいと思います。
きれいな音を目指して、楽に、楽にhappy01

緊張と集中は別物、です。

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2017年8月23日 (水)

序吹きの魅力

このところ序吹きをずっと吹いています。

フリーリズム、拍節がない曲、というと、ぴんとこないかもしれませんが、序破急の、最初の部分、つまり長い長い組曲の「語り出し」という感じです。

演劇で言えば、主人公の独白、とでもいいましょうか。

春鶯囀遊声は、やはりすごいですね。

篳篥の旋律を何度も何度も聴いていると、自分が水墨画の大河を船でゆったりと渡っているような気分になります。
やはり「遊ぶ声」なんですよね。

そして、船に美しい妃を従えて、春の岸辺の花をともに愛でている王族の気分になります。

そういう曲です(こちらは26日のみの演奏)。
26日にご来場されるかたはその雰囲気をご堪能ください。

拍節の拘束を受けないので、旋律がとても自由。
この旋律を作った人はやはり天才というよりは、もはや神の領域の人?
この自由な旋律が、春鶯囀一具のなかでどんどん成長して、形をなしていくのです。

蘇莫者は笙の譜面の方にいくつも破綻があるのがやや残念ですが(このことについては会場でお話したいと思いますし、いずれ文章にできれば、と思います)、やはりこれは、どう考えても日本で作曲された音楽ではないと思います。

教訓抄などにある太子伝説は、やはり後付けなのでしょう。
ただ、かなり早い時期にこういった位置付けの曲とされ、伝承されてきたのでしょう。

荒々しい感じなのに、堂々とした品格があります。
さすがは燕楽といえど唐の宮廷の音楽です。

今回は龍笛も、太皷もないのがやや残念ですが、26日、27日のコンサート両日で演奏します。

http://sho3ku.cocolog-nifty.com/blog/2017/08/8-c963.html

どうぞよろしくお願いいたします。

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2017年8月 3日 (木)

姿勢。。。

古典の演奏では、特に姿勢は大事です。
もちろん、洋楽でもコラボでも大事は大事、なのですが、ここでは古典のお話です。

姿勢がよくないですよ、とご注意申し上げると、譜面がよく見えて、なおかつ背筋が伸ばせる位置をさぐって、机に対して斜めに座る人がいますが、これは格好良くないですね。

自分が机にまっすぐに向いて、楽譜のほうを見やすい位置に置く習慣をつけましょう。

姿勢が悪いと呼吸にむらができたり、指に力が入りすぎて手移りがおかしくなったりします。気をつけましょう。

また、息を張るときに4拍目でアクセントをつけるかのようにがーんと息をいれてしまうのも格好が良くありません。

屋外で1管ずつ、、、といった場での演奏の際には、少しは強めに息をいれるかもしれませんが、、、やりすぎないように気をつけています。

ある一点で急激に息をいれる(あるいは吸い込む)のは、やはり品がない演奏になります。

安定感のある息の張りで、合奏をサポートしながら、出るとこは出ていくのが、古典での笙の役割です。

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2017年5月27日 (土)

つねに気配を読みつつ。。。

笙は、合奏の水先案内人、とか、船頭さんの役、などと言われていますが、たいていの部分は篳篥さんが主導権を握っています。

ですが、付け所直後の息の張りや手移りなどは、笙が重大責任を担っています。

前に書いた記事にも関連していますが、龍笛さんの音頭が、どのようなテンポで吹いているか、全員付いてすぐ、篳篥はどういう拍子でくるのか、感じた上で息を張って、手移りを示してあげてください。

ここでやりそこなうと、数行、合奏が安定しないことになります。

ただ、どんなにいい手移りをしても、篳篥さんが無視したらおしまいですが(笑)。

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2017年5月10日 (水)

龍笛の音頭は、、、

龍笛のひと、音頭の部分(出だし)は、まずは、笙にわかるように吹いてください(笑)。

音頭の部分は、かなり自由でいいと思います。
ただ、上手な人は、ちゃんと「どういう感覚で拍を捉えているか」聴く人に伝える力があります。

ぼんやりと吹いているひとは、ただ拍がぐずぐずになってルーズなだけ。

草書と、ただ、線がのたうち回っているのとは違います。

笙の音頭は、龍笛の音頭の部分は覚えてしまいましょう。

実音でもいいのですが、龍笛の唱歌でなんとなく覚えておくと、どんな吹きかたの人と演奏しても、だいたいわかります。

いつも太皷だのみではなく、やはり龍笛の流れから入れるといいですね。

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2017年4月18日 (火)

笙のお手入れーー油分について(1)

笙に油分を与えるかどうか、ご質問をいただきました。
数回に分けてご回答させていただきます。

まず、楽部の先生方がよくされているのが顔の油(笑)。

えーっと思われるかもしれませんが、少なくとも多忠麿先生、多忠輝先生が実際に顔をごしごしと楽器に押し当てられているお姿を「目撃」していますので、間違ったやり方ではないと思います(現在、お若い先生方がされているかどうかは、定かではありませんが)。

わたしも学生時代、ノーメークの状態で(化粧品類は訳のわからない薬品が入っているため、とりあえずNG)顔をこすりつけてみましたが、たいへんいいツヤになりました。

ですが、長期的にみて、顔の油は人間という「動物の油」でもあるわけです。
その人の体調次第では、酸化してきたときに、徐々に臭ったりして(!?)と思います。わたしもやはり皮脂を塗るのはだんだんと抵抗が出てきて、やめてしまいました。

次にいいと言われているのが、椿の油。
ですがこれも品質を選んだほうがいいと思います。(続く)。

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2017年4月15日 (土)

楽器のお作法

笙の扱い方にはお作法があり、楽器の温め方と同時にお教えしています。
形ばかりのもの、と考えてか、だんだんと粗雑に扱うようになる人が多いのですが、笙は知れば知るほどに繊細な楽器です。

笙の古典調律は、音律がぴたっとあって、あの透明感が出るので、できるだけ狂わせたくないのですが、やはり演奏しているうちに、湿気がのってきてわずかずつながら狂ってきます。。。(笙だけでなく、洋楽器の管楽器も長時間演奏しているとピッチが上がってきたりしますね)。

でも笙のピッチはちょっとした衝撃などでも変わってしまうことがあるので、楽器を置く際にはやはり袋の上に置きたいです。

直置きは厳禁です!!!

昔、東京楽所のリハのときに多忠麿先生に呼ばれて、慌てていたので袋も楽器ケースもそばになく、胡床の上に笙をすっと置いて、立ち上がってしまいました。間髪を入れず、そばにいらした東儀兼彦先生に「楽器を直に置くのはやめなさい!」とすごい剣幕で怒鳴られてしまいました。

恥ずかしかったの、なんの。

笙のお作法では、袋の上に笙を置く向きさえも決まっていて、それがどれほど楽器の「事故」を防いてくれているか。。。
うっかりひっかけたり、取り落とす事故が、それによって減らされていると思います。そばを離れていても、よそを向いていても、いつでも楽器が必ず同じ位置にあるのですから。

古いしきたりのようなものでも、意外と合理性が潜んでいることがあります。
でも、何十年か続けていないと、わからないこともあります。
「ばかばかしい」と思えるものもあります。

そして中には明らかに非合理的に感じられるものもありますから、それはそれで、「時代のふるい」にかけられていくしかないのでしょう。

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2017年4月12日 (水)

音名は、最初は教えません。。。

わたしが笙の指導を始めて、最初の頃、唱歌を歌ってから、音名(平調、壱越、などの雅楽音名)で音程などを説明していましたが、特に洋楽の素養がある人は、それらをド、レ、ミに頭のなかで変換して、12平均律的な音程で歌ってしまうんですね。

で、あるときから、「とにかく録音を聴いて」真似ていただくようにしたら、だいぶよくなりました。

例えば、多忠麿先生は、比から一の音程は狭く狭く、と注意されていました。
確かにこの神仙と盤渉は平均律からするとかなり狭い音程のようです。

笙は、唱歌の音程などが吹奏には直接影響してきませんから、そこまでこだわらなくても、、、とは思うのですが、やはり雅楽の唱歌らしく歌っていただきたいので、そのようにご注意申し上げています。

ネットのどこかで、「笙はピュタゴラス音律、篳篥、龍笛は12平均律」などと説明している人がいましたが、大変大きな間違いです。

篳篥と龍笛が平均律の音程になってしまったら、雅楽は終わったも同然です。
と、いいますか、味もそっけもない演奏になってしまうでしょう。

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