« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »

2011年12月31日 (土)

今年も1年、ありがとうございました!

今日はパソコンを持っていないので、携帯から、モブログです。今年は本当にすごい年、強烈な年、でした。ですが、日本、やはりすごい国です、この国に生まれたことに感謝、今、この国にいることに感謝、です。

個人的には、大好きな奈良への転居、関西の雅楽会への参加、初の個人で招聘を受けての海外公演などなど、収穫、実りの多い年でした。そしてProject Etenrakuの取り組み。来年も発展していきそう…

たくさんの感謝、感動、抱負を胸に、今年も1年、ありがとうございました!ブログから失礼します、来年も宜しくお願い致します!

益々、素敵な日本に発展していきますことを願って…

From Miyazaki, with Love.

| コメント (0) | トラックバック (0)
|

夕暮れの宮崎から

夕暮れの宮崎から
プロジェクト越天楽、宜しくお願い致します!

| コメント (0) | トラックバック (0)
|

2011年12月30日 (金)

お稽古納め

お稽古納め
アップが遅くなりましたが、12月26日、篳篥の小林先生とのお手合わせ。

五常楽、リベンジ(?)果たせませたね、来年は入破、がんばりましょう!

ん〜、それにしても、なんだか不思議な写真になりました、笑。

| コメント (0)
|

ツィッター始めました。

でも、使い方、ぜんぜんわかりません(笑)。

来年、Project Etenrakuも本格始動させたいので、役に立つかな、と。

よろしくお願いいたします。

| コメント (2)
|

宮崎シェラントン

 

12a2_2

よろしくお願いいたします!

| コメント (0)
|

ちらっと触れておきます

原発関連の情報、いろいろな情報が飛び交っています。

わたしは、高橋悠治さんの「水牛通信」のおかげで、原発の問題についてはチェルノブイリの事故が起る数年前から、関心を持っていました。
(音楽の道に進もうか、もっと社会的な活動ができる学部を選ぼうか、悩んでいたころ。。。ああ、青臭い)。でも、悠治さんも「もう、ピアノは弾かない、成田空港から、同志の上を飛ばない(成田闘争が激しかった頃)」宣言などされていた頃でしたから。。。あんな天才的な音楽家が音楽を捨てるなんて。。。何か(現実?)を突きつけられているように感じていました。

おかげで、チェルノブイリの事故が起った直後から、この事故がどういう意味を持つのか、また、日本が決めた輸入食品の放射能の基準があまりにも甘かったことなどなど、かなりしっかり認識していました。

ですから、福島も、事故があった直後、大衝撃を受けました。
「日本、これで終わった。。。」と思いましたし、必死で情報を集め、信頼できるソースを探しました。

幸い、日本が完全に終わるほどの事故までにはなりませんでしたが、今後の影響の大きさはまだまだ予断を許さない状況にあります。

事故直後、原発関連の記事も拙ブログでせっせと書きました。

でも、ある日、アップした記事が一件、削除されていることに気がつきました。

(あ、これはもう関わらないほうがいい)と思ったのと、(今、これ、やっているとわたしは笙吹きではなくなってしまう〜)と、はっきり自覚いたしました。

情報のピックアップを続けていると際限がないので、とりあえず信頼できるソースとして、武田先生のブログと、早野先生のツィッターのふたつは、今も拝見しています。

早野先生のご専門はあまりにも難しすぎて、ツィッターしか拝見していませんが、
こんなかただったのですね。
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1112/29/news005.html

ツィッターではひょうひょうとした雰囲気なのですが、大学側から「早野、黙れ!」と圧力がかかっていたようです(「黙らないことにしました」は、よかったです、笑)。

ひょうひょうとしていながら、真の「武人」です。
ご自分の職も、家庭も投げ打って、ツィッターされています。。。

武田先生も、人間味のある人で、頑張っておられますが、非常に、「大雑把」(笑)。
「義を見てなさざるは勇なきなり」みたいな人ですが、ときどき(これ、素人がみてもどうも間違っているよなあ)という情報でも、「情」で反応して、わーっと勢いで、ブログで流してしまうので、、、

要注意ではあります(笑)。それでも、いま、一般の人間ができることを具体的な形で提言し続けておられるので、その点はとてもありがたいです。ただ、不安に思うだけでなく「行動」できますから。

わたし自身は今でもベクレルもシーベルトも、正確なところはよくわかりません。
ただ、総体として、今度の事故をどうとらえて自分としてどう対処するか、の方針はおおまかながら、あります。

これだけの事故が起っていながら、まだまだ無関心な人が多いことにも、驚いています。

| コメント (0)
|

2011年12月29日 (木)

かびとの苦闘

うーん。

ただ今調律にあたっている管、1度カビが全体に回ってしまって(!)、ぜんぶとったのだそうですが、まだものすごくカビ臭い。。。

吹いているうちに気管支と肺がおかしくなってきました。

これは、厳しいです。

わたしのお教室では、幸い、楽器をかびさせてしまった人はまだひとりもいません。
(途中からいらっしゃらなくなってしまった人の楽器はどうなっているか、わかりませんが。。。)

エタノールではとりきれないようです。。。

まずは、かびさせないように、よく練習しましょうね。




| コメント (0)
|

2011年12月28日 (水)

晴れても降っても曇っても

天の恵み。天の恩寵。

奈良、寒いです!

でも、快晴。春日山の眺めも最高。

| コメント (0)
|

2011年12月27日 (火)

雪…

雪…
新幹線は5分の遅れで京都へ。米原の風景。

| コメント (0) | トラックバック (0)
|

2011年12月26日 (月)

明日帰郷

新幹線、遅れているみたい。大丈夫かな?

| コメント (0) | トラックバック (0)
|

2011年12月24日 (土)

奈良にはいないなあ

奈良にはいないなあ
クリスマスのムーミン。
幻想的で、素敵です。
神保町にて。

奈良ほど、クリスマスのイルミネーションに力を入れていないところは、ないのでは。

「トナカイ」かと思ったら、「せんと君」だったりする(爆)。

ある意味、立派です(笑)。

でも、まずはMerry Christmas !

| コメント (0)
|

2011年12月21日 (水)

来年の元旦の奏楽

_in_a_out

↑画像をクリックすると拡大します。

10月に書道家の石井琴月さんとのコラボレーションで、ご縁をいただきました、フェニックス・シーガイア・リゾート

そのときの担当者がお考えくださった、素敵な企画です。
「初日の出とともに笙を演奏なさいませんか?」というメールをいただいたときは、とても嬉しくなりました。

奈良に住まわせていただいているだけでも、記紀の神話の世界に触れるような風景、出来事が多々ありますが、宮崎ともなると、日本をお作りになった、原初の神様の世界ですね。

風景が、本州とまったく違うのです。
見たこともないような海岸の岩。

鵜戸神宮というところは、「驚異の世界」でした。
昔の人は、何に感応して、このような場所に神様をお祀りしたのでしょう。
巨大な岩石の真下にご本殿があるのですから!
新年にはこちらにお参りさせていただけそうで、、、わくわくしています。

10月にお仕事で滞在したときにも、ホテルの窓から見えるお日様は、海にきらきらと輝いて、、、

壮大な眺めでした。
本州にはない、南国の風景。。。

そうなんです、リーフレットの真ん中の写真一番下のように、とても神秘的な雰囲気です。

宮崎での「新年の初参り」もお勧めいたします。

古事記、日本書紀にご興味がおありのかたは、必ず訪れないといけないかも(笑)。

あの、もの強烈にインパクトのある風景を体験しないことには、日本のダイナミックで躍動感のある神話の世界の話は、ぴんとこないと思うのです。。。
特に、古事記の世界は、種々の争い事がありならがも、「話が大きくて」生き生きとしています。今、古事記に触れることは、「日本の元気」を取り戻すには、とてもよい「カンフル剤」になるかもしれません!!!

また、話が脱線しそうになりますので、とめておきます(笑)。

ご来場の皆様だけでなく、日本中、世界中にとって、よい1年になりますように。
宮崎の地で、「日本の元気」をイメージしつつ、笙を吹いてまいります。

担当の田中千鶴さん、心から、感謝です!

| コメント (0)
|

2011年12月19日 (月)

明日から

あ、もう今日から、ですね。
東京行きです。

久々にお弁当を作ろうと、燃えています(笑)。
ぷらっとこだま新幹線の長い車中をいかに楽しくすごすか。

毎回の課題です。

| コメント (0)
|

2011年12月18日 (日)

薬師寺さん(西岡棟梁、塔について、あれこれ)

わたしのブログの左側のカラム(列)の、booksの欄に、「木に学べ」という本がありますが。

20代、30代と影響を受け、真剣に読みまくった本です。

西岡常一棟梁。法隆寺の宮大工。1995年に亡くなられています。

「宮大工」という、今はもうなくなってしまいそうなお仕事の世界ですが、その世界で「鬼」と呼ばれていたぐらいに、古い塔やお堂の修理に生涯をかけた人です。

「宮大工は、民家を建ててはいけない、けがれるから」ということで、大工仕事では宮大工以外の仕事は、一切しなかったそうです。
つまり、、、古い塔の修復などがない限り、仕事がない。。。
家族そろっての、極貧の生活も経験されたそうです。

法隆寺を建てた人は、1000年以上の樹齢を持つヒノキで塔を組めば、1000年以上持つ、ということを知っていたのではないか、とか、建立に関わった大工の全員が、実は全てを把握している棟梁並みの技量を持っていて、塔を作ったのではないか、とか、、、

なぜか、雅楽の演奏と、非常に関係が深いように、思えてならないのですが。

雅楽の合奏も、指揮者がいません。
一応、鞨鼓が指揮者の役割を果たすといわれていますが、実は全員が指揮者でもあるように思えます。まあ、今の世の中の雅楽では、全員が「楽長レベル」の団体なんて、、、あり得ないと思いますが(笑)。
今の世の事情では、どうしたって、どこの団体でも、経験の浅い人も、メンバーに入りますし。

さて、今回の薬師寺東塔の修復ですが、わたしはてっきり、昔風に木でやぐらを組んで、塔を解体したりするのかと思っていたので、拙ブログ前の記事の写真のような、「いかにも工事現場風」の風景に驚きました。

塔といえば、もうひとり、幸田文さんのことが頭をよぎります。

お寺の名前を失念しましたが、やはりどこかの塔の再建のために、全力を尽くされています。
資金難で中断していた建設のために講演会などで走り回り、再建が始まったら始まったで、東京から奈良に通い詰めたり。

その、塔の再建のときのエピソードですが、とび職の職人さんが、組まれた足場から「落ちた」のだそうです。だだっぴろい奈良の風景のなかで、お寺の塔を見ていると、近代的な巨大ビルを見慣れた目には、それほど大きく見えないのですが、今日のような「足場」が組まれていると、その目もくらむような高さに驚きます。

その、何十メートルの高さから落ちた、とび職の若い衆は、怪我ひとつ、しなかったそうです。

足を踏み外した瞬間に(あ、落ちた)と思い、足場の木を、千鳥掛けのように、掴みながら、落ちていったのだそうです。

しっかり掴めればそのままぶらさがるつもりだったのでしょうが、結果的に落ちるスピードが減速され、地面に落ちたときには無事だったのです。この話は、今、内容を思い出しながら書いていても、なんだかわくわく、どきどきします。。。(幸田文さんの、原文ではもっと鮮やかに、端的に書いておられます〜)。

奈良では、名も無い普通のとび職さん、だったのでしょうけれども、超人的な感覚です。
そんな話を思い出しながら、ふーん、今回の再建は、どんな感じで行われるのかな、西岡さんの唯一のお弟子さんが、やはり棟梁でされるんだろうな、、、とかいろいろ思いながら、

今日の、東塔の不思議な光景を眺めておりました。。。

ちなみに、「法隆寺を支えた木」というご本ですが、恥ずかしながら、多忠麿先生にプレゼントさせていただいたことがあります(20代の、若気のいたり。。。ああ、生意気。ああ、恥ずかしい)。先生からは「秋の夜長の楽しみにゆっくり読みたい」といったような、御礼のお手紙を頂戴しましたが。。。

それほど、西岡棟梁のものの考え方、生き方に深く影響を受けていました。

わたしの「雅楽観」にも、多大な影響を与えています。。。

それにしても、、、今、こうして奈良にいることは、やっぱり必然的なような気が、、、西岡さんの本のことなどを思い返してみて、改めてしているところです。。。

(明日、東京に出るので、準備で時間がないのですがsweat01。。。どうしても書いておきたかったので、乱文ご容赦!)

| コメント (0)
|

東塔の大修理。

東塔の大修理。
現代建築的な足場に、ぎょっとしています。

西ノ京の風景が変わってしまうくらい、異様な感じ。

でも、早急に修理が必要なのでしょう。

| コメント (0) | トラックバック (0)
|

薬師寺さん

薬師寺さん
えらくめずらしい光景です。

| コメント (0) | トラックバック (0)
|

2011年12月14日 (水)

垂仁天皇陵から

垂仁天皇陵から
実物はもっときれいです。(from mobile phone)

| コメント (0) | トラックバック (0)
|

よく学び

たくさん勉強して、

たくさん人に還元すること。

| コメント (0)
|

2011年12月13日 (火)

次回の東京でのお教室

千葉県の柏市でも、笙のお稽古をお受けすることができます。

現在、

○文京区
○京都(伏見稲荷そば)
○千葉県柏市

の、3カ所でお稽古可能です。

次回は年の瀬ながら、12月20日から28日まで、東京で教えています。

お稽古の詳細はこちら。←クリック。
http://sho3ku.cocolog-nifty.com/blog/lesson.html

お問い合わせは、連絡のつきやすいお電話番号を明記の上、
for_solo_voice@nifty.com

まで。

ご返信がやや遅れることがございますが、ご了承ください。

よろしくお願いいたします。

| コメント (0)
|

書き散らし

伊藤のブログは収集がつかなくなっていますが、ただ今、当ブログと、「日々ろぐ」と「Project Etenraku」の3画面書いています。

日々ログに「奈良が好き!」というカテゴリーを設けました。
http://sho3ku.cocolog-nifty.com/hibilog/cat23022470/index.html

わたしのくだらない(?)おしゃべりの場ですが、「産業・商業」的には今ひとつぱっとしない、奈良を少しでも応援。。。

できないかな。。。

がんばれ、奈良! 

わたしもそのうち、演奏などで応援したいです!

| コメント (0)
|

関本さんという名人がいました。

大阪楽所の講習会や合奏会に参加させていただいています。

講習会は2日間。1日5時間ほど。びっちり。
東京にいると、つい、どうしても先生方のお稽古は「当たり前」に思えてしまいますが、こちらのかたがたは2日間ですべてを覚えないといけません。

熱心さが、違ってきます。

関西にぽんっと引っ越してきて、ぽんと入ってしまった大阪楽所は、ご縁がなかった訳ではなく。。。

と、いいますか、大阪楽所は東京楽所の姉妹団体なので、昔、何度か演奏をご一緒させていただいていたかたが、何人もいらっしゃいました。

先日は笙の講習会で、嬉しそうに声をかけてくださったかたが。
「あーっ、大阪メルパルクホールのこけら落としと、静岡でご一緒した???あの時の???」

もう20年以上前の話です。。。
それでも、すーっと記憶が、よみがえってきました!写真のように、すーっと当時の映像が見えてくるのですから、不思議なものです。

ところで、「関本明正さん」という、楽人さんをご存知のかたも少なくなってきたと思います。

大阪楽所の公演で「鞨鼓の名演奏で」、芸術選奨(文部科学大臣賞)を受賞されたかたです。

わたしたちも当時、びっくりしたものです。

龍笛でも、篳篥でも、笙でもなく。。。

「鞨鼓」で、です。
(どんな人?どんな演奏だったのかな〜?)と思いました。

国立劇場で1度(もしかしたら、2度? 確か三ノ鼓で、ものすごい上手なかたとご一緒したた記憶もあり。。。あれも関本さんだったのか・・・?)、関本さんとご一緒したことがあります。

左方楽人、右方楽人と分かれての演奏で、確かわたしは右方側の笙、関本さんは左方側の鞨鼓で、同じグループではなかったのですが、とても生き生きと打っていらっしゃったのを覚えています。

反対側の楽人の列にいたので、よく見えたんですね。

残念なことにわたしは当時まだまだ、「駆け出し」でしかも勉強不足。
関本さんの鞨鼓がどれくらいすごいのか、「本当には」わかっていなかったと思います。

ただ、楽屋で、多忠麿先生が「あのおじいさんはね、ぼくよりも鞨鼓が上手いんだよ」とおっしゃられて、楽屋にいた一同で「えーっ!」と驚いたのは、よく覚えています(忠麿先生も鞨鼓の名手でしたから)。

先生はそうそう軽々しく人をほめたりはなさらなかったので、(あのおじいさん、本当にすごいんだ。。。。)と、皆、ぞーっとするような畏怖の念を感じました。
と、いいますかぞくぞくするような尊敬の念。

左方楽人の側にいた篳篥のベテランのIさんが、リハが終わったあと、興奮気味で「あのおじいさんの鞨鼓を聴いていると、篳篥をどこで押したらいいのか、わかるよ。すごい!」と言っていったのも覚えています。

でも、演奏会が終わって、すれ違ってみると、関本さんはとても普通の雰囲気の、小さなおじいさんでした。

関西にきてみて、関本さんのお話をすると、皆さんのお顔がほころびます。

ああ、あの人は本当にすごかったよ。
なんでも、できた。なにやっても上手だった。
すごい人だった。
練習も1時間以上前には来て、ずっと吹いとった。
最後の大阪楽所の演奏会は、舞台に立てなくて。
客席にいて、泣いてはったよ。

遠い記憶のなかの関本さんが、すっと濃くなったような気がしました。

関本さんは残念ながらすでにこの世にはいらっしゃいませんが。

あの頃の、あの雅楽の空気の濃さは本当に独特でした。

今は、もう「あの頃」の名人たちは次々と「この世」の舞台さえも降りられてしまいましたが、往時の凄さを実際に体験している人たちに、またこうして出会えるのは、本当に嬉しいことです。

関西の雅楽界の空気は、濃いです。。。
同じ空気を吸うことができて、毎回、興奮、の日々です。





| コメント (0)
|

外気温が下がって、

山々の朝もやがすごくきれいです。

さー、今日も一日、がんばるぞー!

| コメント (0)
|

2011年12月11日 (日)

撮ってた人がいたわ。

奈良では、皆既月食、見えず。

http://twitpic.com/7rd6im

ツイッターの写真って、リンクできるのかな。

| コメント (0)
|

2011年12月 8日 (木)

奇跡3

奇跡3

遺跡の写真。

新聞やらテレビのニュースでも放映されていたそうですが、わたしはぜんぜん知らず、、、わたしの隣にいたご夫婦が「新幹線のなかのニュースで見て、驚いて駆けつけました!」とおっしゃっていました。
東京のかただそう。

「わたしは長年東京に住んでいたのですが、5月からこちらに引っ越してきて、、、」とお話したら、「まあ、羨ましい!」と言われちゃいました(笑)。

それにしても、今日はいったいどうしたんでしょう。
二月堂、本当に久々で、確か前回来ることができたのは、6月か7月、でした。
今日に限って、理由もわからず、無性に来てみたくなったら、こんな機会に遭遇できて。。。

このあとも、(偶然にしては、、、)ということが、ふたつほどありました。
あとのふたつは、後日、書けたら書きますね。

トリプルの奇跡が起った日。

こういうこと、続くときは続きます。。。

| コメント (0)
|

奇跡2

奇跡2
どうしても二月堂に行きたくなって、雨のなかを出かけていきました。
二月堂の裏道を回ると、なんだか雨だというのに、人が多い。。。

観光客にしては、おかしい。
それにこちらのほうは普段でも人が少ないのに。この寒い雨のなか。。。
何だろう。。。

なんと、発見されたばかりの遺跡の公開をしていました。
東大寺が創建された当時の遺跡と、瓦!
いったん博物館、美術館に入ってしまったら、ガラスケース越しにしか見られません。
それが、ごろんごろん、机の上に展示されていました。

本日限り。

数日前の新聞に、今回の発見と、今日の公開のことが出ていたのだそうです。
わたしはまったく知らず、偶然に通りかかってしまい、この貴重な公開に居合わせることができました。

正倉院展で展示されている品々と同じくらいに貴重な発掘物です。
それが、こんなに携帯で、至近距離で写真を撮らせていただけるくらいに近くで拝見することができました。

野外に小さなテントが張られ、わずかに数点だけ、でしたが、発掘された瓦、一番最初の大仏さん(大仏は何度か焼け落ちたりして、修復されています)を鋳造したときの(!)、銅のくずや粒なども、無造作に机の上に置かれていました。

写真の瓦の模様、ラインの高度で複雑な立体感、創建当時の瓦、とにかくすごいです。
他の時代の瓦も置いてあったのですが、ラインそのものが単純で同じ太さなんです。。。

平瓦で11万枚、丸瓦で確か2万枚(とおっしゃっていましたか、、、)、作られたのだそうです。。。

瓦なんて、ほとんど見えないのに。。。
この素晴らしい装飾って。。。

どうしてこんなに凝った、きれいなデザインを施して。。。

| コメント (0)
|

奇跡!

奇跡!
今日はトリプルで奇跡が起こりました。

| コメント (0) | トラックバック (0)
|

2011年12月 7日 (水)

10日月蝕

日本でも見られるらしいですね。月蝕。。。

天空界の地球参加型の見事なショーをお楽しみください♪

運気的にもいろいろと「事」が動くらしいです。わたしは占星術や陰陽道にはあまり詳しくありませんが。。。ただ、そういったものは叡智の結晶だと思うので、逆に軽々しく近づきたいとは思いません。。。

昔の、星の動きやら方位学を取り入れた都市づくりの知恵はやはり素晴らしかったのだと思います。

都市の方位それぞれに「四神」を置く発想。

ユングもフロイトも読みかじりのみで、正確に理解しているとはとても思えませんが(笑)、人間の意識のなかにそういったものを「置く」ことは、確かに機能していると思います。
人間が執り行っている、まじないや迷信のような「祭り」などは、確かに、ある「働き」を持っていると、、、感じています。

先日拝見した正倉院御物のなかに、十二支と八卦、四神を浮き彫りにして組み合わせた鏡があり、、、

これには、息を飲みました(ただ、八卦の配置には間違いがあるそう。。)

八卦、易経はジョン・ケージにも随分と深い影響を与えています。
この鏡はジョン・ケージさんにも見せてあげたかったな。。。

昔のかたがたの、世界観、それを芸術や政治、都市に反映させていくその感覚は、今の人間にとって、汲めどもつきない泉のように思えます。

今の雅楽が昔とまったく一緒だったはずはないのですが(すでに滅びているたくさんの楽器から推察しても)、その昔の感覚を推し量ることは、できるのでは。

わたしが新月と満月を気にするようになった理由のひとつに、染織家の志村ふくみさんの「藍は満月にむかって、たつ」という言葉があります。

藍染めは「たであい」を醗酵させることによって色を出しますが、満月に向かうときのほうが醗酵がうまく進み、色の出方がよいのだそうです。

などと、いろいろに妄想しながら(笑)、10日、晴れるとよいですね、、、


| コメント (0)
|

おん祭り

Img_0568近鉄線の駅でみかけたポスター。

「春日若宮おん祭り」数十年前に1度拝見したきりなので、楽しみです。

延々と屋外で繰り広げられる舞楽の数々。

ですが、翌日から10日ほど、東京にいかなくてはならなくなったので、今年はあきらめないといけないかもしれません(;ω;)

ああ、でも見たいなあ、行きたいなあ。。。

ですが、年末からは宮崎行きもありますし。

まずは体調管理、万全にしたいと思います。

| コメント (0)
|

2011年12月 6日 (火)

よかった。

PCが午後、柏から到着。

メールの返信が遅くなっている皆様、すみません。。。

昨日、京都から大和西大寺に向かう近鉄線の車窓から、色とりどりに広がる山々の紅葉に目を奪われました。東京にいたのは1週間ほどでしたが、音輪会のコンサートで京都にいったときにはまったく気がつかなかった、山の変化に驚き、また楽しみました。

西ノ京から見える山の風景も、すっかり色が変化しています。
これからどんな風景が続いていくのでしょう。
気温や湿度の変化とともに、とても楽しみです。

関西で過ごす、初めての冬です。。。

| コメント (0)
|

2011年12月 5日 (月)

モブログ

モブログ
新幹線で移動中。
そうなんです、昨日戻る予定でしたが、ぷらっとこだまの席が、喫煙車のグリーン車しか、空いていなかったのです。
前にも書きましたが、グリーン車はわたしの身長にはあわず…

この姿勢がとれる普通車が好きです。

赤いトートバッグは、奈良の遊・中川の。最近のお気に入りで、鹿さんの刺繍入り。

最近、生徒さんの間でも中川のグッズ、密かなブームです!

| コメント (0) | トラックバック (0)
|

2011年12月 4日 (日)

次回12月東京教室

ただいま12月20日から12月28日の間で予定を調整しています。

篳篥の教室はただ今、伊藤のほうで調整のやりくりがつかず、休講中ですが、来年はまた再開したいと思っています。

26日は、ある程度吹けるようになった笙の生徒さんと篳篥の先生とで、合わせを行う予定です。

来年は、笛の教室も開講したい、、、と考えております。

また、関西方面での教室も開講予定です。

お問い合わせは

for_solo_voice@nifty.com まで。

よろしくお願いいたします。

| コメント (0)
|

猫デビルしーちゃん


Img_0614

寝顔を撮ろうとしたら、いきなりストラップに飛びつくしーちゃん。

あのー、顔がデビルなんですが。。。

 

| コメント (0)
|

2011年12月 3日 (土)

はっきりした、

意思や思いに溢れる音が、基本的には好きですが、

「おはよう」って挨拶を交わすように

茫洋とした音も好き

そういう茫洋とした音のなかに

たくさんの色を見たり、匂いや予感を感じたり

意思のある音は「プラン」だけれど、

茫洋とした音は「夢」に近い

今、若い人たちのなかに、そういった音を紡ぐミュージシャンが増えてきたような気がする

| コメント (0)
|

« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »