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2010年11月30日 (火)

何か大切なことを忘れている気が。。。

あら、お昼と晩ご飯、食べていなかったわ。。。coldsweats01

これでは筋肉がつかない訳です。


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楽譜

とっても久々に楽譜を買いました。
最近はほとんどのものが有料無料を問わず、ダウンロードできますが、海外からDHLで届くなんて、初めて。

耳コピーもできる曲なのですが、譜面(ふづら、とも読みますね)を見てみたくなりました。
「ふづら」というときは、文字通り、「譜」の「つら」です。
どのように「書かれて」いるのか、「面」のほうを強調したいときはこの言葉を使います。

視覚的な感じです。

「ふづらの印象だと、かなりの難曲みたい」、、、などという使い方をします。

耳コピーで書き取って、別の人が書いた譜面を見ると、「えっ!!!そうやって解釈したの?」と思うこともあります。

演奏すると、ほぼ同じなのですが。。。
リズムのくくりが微妙に違っていたり、フレーズ感が違っていたり。
どちらも正解、ながら、捉え方が違うんです。

で、今回、作曲者はどうやって書いているのかな?と思った曲がありましたので、取り寄せてみました。

譜「づら」、、、楽しみです。。。


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えっ、

明日は12月じゃないですか!
師走ですよ!!!( Д) ゚ ゚

来年こそはCD第2弾を出したいと思っていますが。。。

今はへびを持って必死で走っています(還城楽)。
へびが終わるまで、安らかに、過ごせません。。。

ああ、それにしても、もう少し筋肉をつけたいなあ。


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2010年11月27日 (土)

還城楽の太皷は、

ぞくっとする。
ただならない、何かを感じる。
「ろくろ」の部分が、特に、そう。

忠麿先生の、最後の舞台は、還城楽の三ノ皷だった。

術後から半年もたっていなかった。
銀座雅楽堂で、確か学生さんたちのための、還城楽1曲のみの演奏。

わたしはちょうど先生の真後ろで、笙を吹いた。
先生を応援するつもりで、一生懸命に吹いた。

先生は、手術を受けられてから何かが変わってしまっていた。
もともと目の光の強い先生だったが、さらに鋭さが増していた。
(それはみんなが感じていたことだった)。

今でも後悔していることがある。
そのとき、先生と会話をかわさなかったことだ。
先生は、何度も何度も、わたしを見ていた。
わたしは笑顔を返すだけで、何もお話をすることができなかった。
ただ、(ご復帰をお待ちしています)、という気持ちを込めた。
先生は、目で会話ができる人だったからーーー。

不器用なわたしは、何かお話してもそらぞらしいように思え、また、先生はそのまま、舞台に復帰してくださると、固く信じていた。

それが、永遠のお別れになってしまうとは、夢にも思わなかった。


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CD「日本古代歌謡の世界」 ライナーノートから(4)

(続き)

とくに、宮中の秘楽として、神楽歌の分野は「神聖にして侵すべからず」とタブー視されていた。この分野も今回、歌曲のみならずその様式までも収録できたことは一大快挙といえる。収録にあたって演奏者は、現代の超一流の技能をもった人のみにしぼった。
そして、音程、音色、音質にとくに気をくばり、その上で古代歌謡独特の無拍節の曲の姿と間を最重要視し、一字一句一音もゆるがせにせず、明確で格調の高い歌を追求した。

        −「日本古代歌謡の世界」ライナーノートから  「総論」(多忠麿)


このCDは東京楽所にしては珍しく、演奏者は全員、宮内庁式部職楽部の楽師の先生で固められている。
このCDは多先生の遺作ともいえるCD。
平成4年の12月だったか、翌平成5年の1月だったか、先生は手術を受けられた。
胃がんだった。
療養する間もなく、先生はご公務に復帰され、さらにこのCDの製作に取りかかられた。

多家は元々、御神楽を業とする家。

先生はがんの告知は受けていなかったものの、残された時間が少ないことを本能的に、ご存知だったのだろう。
「おとなしく療養」などという言葉は似合わない先生だった(ただ、そうしてくだされば、どれだけ周りの人間も、気が休まったことだろう!)。

このCDには、特に先生の厳しい面が現れているような気がする。
また、「宮中の秘楽」を収録したCDに民間からの演奏者をひとりもいれなかったことは、「楽家」の人間として生涯を生ききった、先生の強い矜持と誇りを感じる。

また、出演者の楽師の先生方への細やかな気配りと(いかにも忠麿先生らしい)、信頼感も感じられる。

あれだけ、いつも高い境地を目指しておられながら、「人に委ねることができる」人、だった。

「責任は全部、僕がとるから」

が、口癖のような先生だった。


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若い人のなかには、

とらわれなくまったく自由な人がいる。

「近頃の若いものは」というのは、老人の言い草(笑)。

「近頃の年寄りは」ということもできますから。

年齢では、いえません。


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2010年11月26日 (金)

こんなのやっているようです〜。

ちなみに、わたしは行けるかどうかワカリマセン。。。。

20100928_img

仕事の合間に見つけました。

さて、仕事に戻ります。
還城楽を整理せねば。


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2010年11月25日 (木)

へびー。

還城楽。。。

この曲は左舞、右舞全曲中、一番ハードな舞なのではないでしょうか?

出手がようやく終わりそうですが、そのまま当曲を舞わないで帰りたいぐらい。

そういえば、豊英秋先生は、ご自身のソロコンサートで、還城楽を舞われましたよね。。。
先生が還暦のとき、でしたでしょうか。。。

往年の舞の名手、ですから、なんの不安もなく、拝見していましたが、今思うとやはり大変なことです。

わたしの舞の先生、松井北斗先生の動作はきびきびとしていて、本当にかっこいいです。

一拍をこれほどまでに有効に、一分の隙もなく、そしてそつなく舞える、というのは、信じられません。

そしてその一拍が連続して、連綿と続いていくのです。
つまり全曲でまったく隙がありません。

還城楽そのものは、あまり格好のいい舞ではありません(笑)。
わたし自身は、絶対にやりたくないと思っていました。

松井先生に習っていなければ、絶対。。。

先生の舞はきれいなので、つい、(教えていただけるのなら、やってみよう、、、)

そう思えてしまいます。

そうそう、還城楽の出手の一番最後、蛇を掴んでから、ですが、舞人が桴(ばち)をつらり、と左から右へ抜くような動作をします。

あれは、蛇のあたまを落とす動作、なのだそうです。
これまで還城楽のバックでも演奏し、また人の舞を拝見してきましたが、初めて知りました。

巳年のみなさま、ごめんなさい。。。(;ω;)
(もちろん、舞台では本当には蛇のあたまはとびませんので。。。 coldsweats02


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CD「日本古代歌謡の世界」 ライナーノートから(3)

(続き)

そこで我々のなすべきことは、現存する古代歌謡をできるだけ数多く、一流の奏者をそろえ、音楽性、芸術性を追求することにあると考えた。
曲数については、ほぼ満足した。

全曲とはいえないが、全体の十分の八を収録することができたのである。

とくに、神楽歌はほとんどの系統が収録できた。

東遊(あずまあそび)壱具(いちぐ)。
久米歌(くめうた)壱具。
大直日歌(おおなおびのうた)。
倭歌(やまとうた)。
明治以来録音の機会のなかった田歌(たうた)。
誄歌(るいか)全曲。

その他、催馬楽、朗詠と国風歌舞(くにぶりのうたまい)(日本古有の歌曲)以外の分野の歌曲も収録した。

−CD「古代歌謡の世界」 ライナーノートから 総論 多忠麿  (続く)・・・

このCDは4枚組だが、こうやって書き出してみても、演奏、そして録音の作業だけでも、どれだけ大変だったかが推察される。

わたし自身も東京楽所のCDのレコーディングには、参加したことがあるが、先生のOKが出ないと、それこそ何度でも、録り直しになった。
同じコロムビアから出ている、「源氏物語の音楽」のときは、確か、太皷の音が上手くいかず、何度も何度も録り直しになり、それでもその日は先生の満足がいくトラックが録れず、別の日に録音が持ち越されたように記憶している。

先生は、必ず、現場にたくさんの譜面を持ち込まれ、演奏は厳密にチェックされた。
息を飲むような緊張の演奏。
張りつめたなかで一曲終わり、いわゆる「金魚鉢」の向こうで忠麿先生のOKのサインが見えると、楽師の先生もわたしたちもほっとしたものだった。。。

また、先生の場合は録りっぱなしということはなく、その後の徹底した音響チェック、編集作業にもかなりの労力を割かれていた。

実は、この「録ったあと」の作業がどれだけ膨大か、ということを、わたしは自分のCDの製作で思い知ることになった。。。


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2010年11月24日 (水)

夜12時ぐらいまで

笙が吹けると有難いのですが。

都心にいると、完全防音でも無い限り、無理ですね。

日中だと落ち着かないこともあり、楽器を手にする時間がないときもあります。

舞の練習などもあり、時間の配分が難しいところです。。。


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CD「日本古代歌謡の世界」 ライナーノートから(2)

 「総論」多忠麿(続き)・・・

・・・天皇家の祭祀音楽として、その重要性はもとより、日本人の心の音楽として、代々の朝廷はこれらの音楽を最高位に位置づけ、輸入された数々の外来音楽(*1)とは一線を画し、大切に取り扱ってきた。

それは「大歌所(おおうたどころ)」そして「曲所(きょくそ)」という国家機関を別にもうけ、日本の古有の音楽のみを所管させたことでもわかる。

外来音楽より一段と格上に位置づけ、宮中祭祀の秘楽として重要視したのである。

これらの音楽は、楽家(がっけ)(音楽を専門とする家)とよばれる人たちにより、宮中祭祀の中で秘めやかに歌い継がれ、口伝とよぶ伝承方法で代々相伝されてきた。

その数はおそらく百をこす数であっただろう。
しかし、その中の大半は長い歴史の伝承過程で埋没し廃絶した。
現在まで命脈を保ちつづけた数は、数分の一にすぎない。

時の流れの速度が早くなる一方の昨今、このままの状態をつづけていたら、せっかく先人たちが残していってくれた世界に誇れる日本最古の音楽的文化遺産も、ますますその数を減らすのではないかとの危機感におそわれた。

そこで現存するものを後世に残すための手段を考え、そして音源をCD化(*2)することにした。

*1 「数々の外来音楽」とは、現在の唐楽、高麗楽もふくまれる。
*2 「日本古代歌謡の世界」のこと。


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初心にかえる

また、いちから、やりなおし。

いつもいつも。


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CD「日本古代歌謡の世界」 ライナーノートから(1)

総論 多忠麿

音楽の発生の源は、人間の声からであると言われている。
意思を通じ合うために声を作り出し、言語を生み出した人間は、やがてその声により美しさ優しさを知り、旋律という技巧を用いて音楽を生み出したのであろう。

古代日本の人々もまた、声から音楽を作り出していったにちがいないと私は考えている。

生きるということがむずかしかった時代に、古代日本人は現世の幸福と、明日からの希望を声に託して、神々との対話の場で祈りつづけ、となえつづけているうちに、自然と音楽となっていったのかもしれない。

そして幾世紀にもわたる長い試行錯誤の後に、言葉をえらび詩を作り、音の組み合わせを考えて節づけをし、より効果的音を出すために楽器を考案し、これらを組合わせることによって日本人の音楽を作り出したのであろう。

さらに、それらを日本人の美学により様式化し、日本人の心ともいうべき、神楽歌へと発展させていったと考えられる。

短絡的な憶測ではあるが、このようにして産まれたと思われる日本の古代音楽は、六世紀ごろに伝来した仏教における声明の付楽のように、神道には欠かせない祭祀音楽として、その地位を確立してゆく。とくに、神楽歌は長い間、宮中の奥深く秘し隠され、その存在を知る人はごく一部に限られていた。

このことはつい最近まで、千年以上もつづいていた。

*原文は、いわゆる「ベタ打ち」に近く、ほとんど改行はなし。
読みやすくするために、わたし自身の判断で改行をいれ、数回に分けてアップしたいと思います。


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2010年11月23日 (火)

またしても晴れ女

昨日は母にもゆう子さんにも
「明日は、雨ね・・・」と言われていましたが。

わたしが家を出るときは快晴となりました。
予報ではお昼までは雨の確率、80%ぐらいだったような?
(ちなみに自称雨女のゆう子さんは有楽町に着いたときに降られたそうです。。。)

もちろん普通に生活していますから、雨にも会いますが。。。
なんとも、不思議です。。。






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ボジョレーで乾杯の前に。。。

エビスの黒を、じゃないpig

今日は「新嘗祭」(にいなめさい、しんじょうさい、とも)です。
楽師の先生方も深夜までご奉仕されています。

新嘗祭、ご存知ないかたは、どうか「ぐぐって」みてください。

新嘗祭で奏される歌舞に関しては、、、

当ブログの左側のカラムに挙げたCD「古代歌謡の世界」をぜひ、お聞きください。

こんなものを伝承してきた、伝承してこられた日本という国は、やはり不思議な国です。

何度、聴いても、深く、、、しんみりとします。



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行ってまいりました。ファームエイド銀座。

銀座ファームエイド。

さすがに祝日の銀座はすごい人です。
松屋に近づくにつれて、進むスピードが遅くなり。。。

紙パルプ会館に近づくにつれ、、、

何事?
いつもは落ち着いた佇まいのビルの一角が、、
ものすごいにぎわい!

「プチマルシェ」、で、たくさんの屋台が出ています。
大盛況!!!

ゆう子さんはとっくに着いていました。
お待たせ。。。(「早めに行きます」、言ったわたしはオンタイム、こらこら。。。)

3時半からの講演会は満席でした。

スローフードジャパンの会長・若生さん、そして銀座ミツバチプロジェクト育ての親の藤原養蜂園の藤原さんの講演です。

その前に「前座」で割り込ませていただきました。
笙と笛に蜜蝋が使われていること、その蜜蝋が、ハチがいなくなったら当然、採れなくなること。代替品は、まずあり得ないこと。。。

笙の大事な材料、「竹」でさえ、採れなくなっていること。

大阪、淀川の「葦」の話(数日前のブログにも書きましたが、高速道路ができてしまうと、淀川鵜殿の葦は絶滅してしまうのです!!!)。
篳篥のリードが、、、良い音のリードが永久に作れなくなってしまいます。

もし、日本で楽器が作れなくなったら、、、
それこそ、「日本の雅楽」では、なくなってしまいます!!!

農薬によるミツバチの群れの崩壊現象。
世界中で話題になっていますが、農薬による影響が非常に大きいそうです。

わたしも「ハチミツ愛好者」ですから、今年に入ってハチミツが高騰したのは、悲しいです。
そして、蜜蝋までも入手困難になったら。。。

調律ができなくなってしまうのでしょうか?

藤原さんのお話のなかで、「自分は、ハチが大好きで、ハチにたくさんのことを教えられてきたのに、ハチがいなくなってしまうのは寂しい。だから必死でこういった活動をしています」という部分、身にしみて感じました。

わたしも雅楽や笙に親しむようになってから、人生が豊かになりました。
たくさんの楽師の先生や楽器を作るかたがたから、多くのことを教えていただき、育てていただいたと思っています。

そうやって身につけてきた雅楽や笙を、自分が今、楽しむだけでなく、たくさんの人に聴いていただきたいですし、後世にも伝えていきたいです。

1300年以上も続いてきた伝承が、たとえば、1000年後に

「。。。1000年も前に、『平成』という時代があってね、、、環境破壊が続いて日本の地は荒れ果て、竹も蜜蝋も葦もとれなくなって、とうとう楽器が作れなくなってね、、、雅楽は滅んでしまったの・・・」と伝えられるようになったら、ちょっと悲しいですよね。

お話は約15分程度、演奏は越天楽4行でしたが、演奏し終えて、楽器を降ろすと、お客様の喜んでおられる顔が見えて、ほっとしました。

必死でお話と演奏で15分で終えようとしていたのですが、実際には「30分ぐらい演奏してほしかった」とたくさんのかたから言われて、(社交辞令でも!!)嬉しかったです。

ご来場の皆様は、こんな演奏が講演のまえに入るなんて、ご存知なかったでしょうから、(「早く講演始めて〜!」とか思っていらっしゃるんじゃないかな。。。)、とひやひやしましたが。。。

わたしは自分からこれをやりたい、ということが滅多になかった人ですが、ここ数ヶ月はそういった方向で動いています。

だって本当に、好きなものが、永久に、この地上から消えてしまうかもしれない世の中ですから。

消えてしまう前に、自分の力でやれることはやっておきたい、とう思うようになりました。

平安響のゆう子さん、お疲れさまでした☆
ありがとうございました。
彼方君、日向君も待ちくたびれてごめんね。

通称「銀ぱちプロジェクト」の高安さん、田中さん、藤原先生、ありがとうございました。
スタッフの皆様、お世話さまでした。

藤原先生、いつお会いしてもかっこいいですheart04

密かに「ハチミツ王子」と命名していますshine

ハチミツ+プロポリス+ロイヤルゼリーなどのせいか、とてもお若くみえます。
それよりも、ご自身のお仕事に打ち込まれているからでしょうね。

藤原さんを中心とした活動は日本全国に広まり始めているようですね。

ファームエイド銀座2010」は明日もやっています。
とにかく、いつきても、雰囲気のいい場所、プロジェクト、気のよいかたがたです。
お近くのかたは、遊びに行かれてみては?

帰宅は夜。。。
夜の銀座はクリスマスムードでとっても素敵でした。

でも、重たい荷物を抱えて(蜜蝋のなべも持っていきましたから。。。)、まっすぐ帰宅です。

ようやくボジョレー、飲めるかなwine

明日はフリーだあ。。。
調律、微調整しておこう。。。


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ぎりぎりセーフ。。。

やれやれ、後回しになってしまっていた、自分の管の調律がぎりぎりになってしまいました。

加えて、ちょっと風邪気味で細かい作業ができなかったので。。。

安定してくれるかな〜。

さて、本日、目指すは銀座です。

演奏は5分程度、蜜蝋や雅楽器の材料が、なくなりつつあるというお話が中心となります。と、言ってもこれも10分程度?

人の講演会の前ですから。。。話すぎないようにしないとcoldsweats01

休日、銀ブラに出られるかたは、ちょっと立ち寄ってみられてください。
ファームエイド。
プチマルシェなどもあって、面白そうです。


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2010年11月22日 (月)

明日、急遽、銀座でちょっとだけ、演奏します。

演奏は5分ほどになりそう?
そして演奏よりもお話が長くなるかもしれませんが。
わたしの持ち時間はトータルで10分ほどになると思います。

ファームエイド銀座。
http://www.farmaidginza.com/

3時半からの下記の講演の前に演奏すると思います。          

                                                               

 

日本のスローフード、在来種みつばちの魅力発見!

今年10月トリノで開催されたテッラ・マッドーレやカルロ会長のメッセージを紹介。イタリア養蜂協会始め、世界の養蜂家に藤原式縦型巣箱と日本ミツバチのはちみつが如何に注目されたか。スローフードの視点で見た日本在来種みつばちの魅力を語って頂きます。

講師:若生裕俊(スローフードジャパン会長)
藤原誠太(日本在来種みつばちの会 会長)

入場料:1000円。
場所:紙パルプ会館3F

藤原さんは、岩手の由緒ある養蜂家の3代目。ハチミツ界では高品質のハチミツを生産されることで有名です。日本ではほぼ、行われなくなっていた在来種の日本ミツバチによる養蜂を復活されました。

日本では明治以降に、「西洋ミツバチ」による養蜂が盛んになってしまったのですが、それ以前は「日本ミツバチ」しかいなかったはずです。

そうすると、笙も、「日本ミツバチ」の蜜蝋で調律が行われていたはず、なのです。。。

さて、明日の演奏ですが、長くても越天楽2行程度?
演奏をしっかりお聞きいただく形にはなりませんが、蜜蝋の説明だけをしても、お話にならないので。

急遽、雅楽サークル・平安響の松井ゆう子さんにご協力要請。
越天楽、暗譜が心配、ですって、だいじょぶかな、いえ、だいじょうぶです!(笑)。

じつは、竜笛にも、蜜蝋は使われています。
大事な大事な原料です。

蜜蝋が取り持つご縁の、ボランティア演奏。

ファームエイドは他にもイベントが盛りだくさん。
プチマルシェなど、おいしそうです。お気軽に遊びにいらしてください。


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仕事の定義

8割の出来を目指してしまうと、それしかできない。
どうせなら、最初から15割増しから100割増の仕事をめざしておくと、悪くてもちょうど100%ぐらいになる。。。

はず。。。cat


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満月前夜

Pic_0101

21日の月。22日は満月。
あまりにきれいだったので息を飲んだ。

ダイアモンドみたいに光っているの、わかります?

Pic_0102

今、この土地を踏みしめて、この光景を眺めていられることに、心から感謝した。
しばらく立ち尽くして、ただただ、空を仰いだ。


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2010年11月21日 (日)

ちょっとだけ。。。

銀座の某所で演奏します。

11月23日。
多分演奏そのものは5分?
講演会の前座のような形になると思います。

詳細をアップしたいのですが。。。

主催者が、つかまらない〜coldsweats02

数日前の記事にも書きましたとおり、ミツバチの急激な減少による蜜蝋の採取が不足することを懸念しての、デモンストレーション演奏、です。

そういえばこのところ、野菜と果物の価格の上昇、気になりませんか?

ハチの話は、無関係ではありません。
野菜や果物が実るのには、ハチによる受粉が必要な場合が多々あります。

ですから、ハチが減少したことにより、農作物の実りが悪くなったのです。
今年の猛暑の影響だけではありません。

そんなこんなで、何かできないか、と思っていました。

緊急で、出向く決心をした理由です。。。


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2010年11月20日 (土)

本地垂迹

春日権現絵巻を見ていると、仏教、特に法相宗や華厳宗のものらしい観念が随所に入り込んでいて、びっくりします。

もともと神道だった国家に仏教を導入する際の苦肉の策のようにも思われている本地垂迹ですが、もっと純粋な動機と、確固たる見識があったのではないでしょうか。。。

インドから起こった「仏教」は日本に入って、オリジナルな宗教「神道」(と、言っていいのかわかりませんが、、、、、神道は教祖さんがいらっしゃらず、教義もありませんから)、と結びついて、日本独自の「ネオ仏教、ネオ神道」になりました。

わたしたちが「古来からのもの」と信じている、今の仏教は、すでに、お釈迦様の教えを守っている人たちからみると「ねじ曲げられている」訳ですが、当時の日本の地には、ふさわしい教えとなって定着しました。

でも、これは「雅楽」というジャンルに起こったことと、そっくりです。

正倉院ができたころには、まだまだ雅楽も純粋な外国の音楽だったと思います。
その後、おそらく古来からあった音楽に篳篥が加わることによって、国風歌舞(くにぶりのうたまい)のようなジャンルもできました。

唐楽、高麗楽も、もちろん日本国内の音楽の影響を受け続けていったのだと思います。

ヨーロッパなどでは外国の文化を吸収するのではなく、「収集」するのが好きです。
極端になってくると「植民地」化ということになります。

ですが、ドビュッシーの頃から、受容して、新たに自分の音楽と混ぜ合わせて「作り直す」ことに関心が向くように変わってきたようです。精神的にも、ヨガや仏教、禅に関心が持たれるようになってきたのも、この頃から萌芽があったように思います。

そして日本人は今、ドビュッシーに多大な影響を受けている人が多いですから。。。
昔、ドビュッシーが影響を受けたアジア的なものに、今、日本人が感化されている。逆輸入ですね。

世の中、ダイナミックに、「流転」しています。。。



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幸せな

ミュージシャンにたまに行き会うとほっとする。

どんなに深い悲しみを表現した曲を歌ったり演奏したりしていても

幸福感が漂ってくる

「生きて、今、ここにいる」という

足りないものは何一つないと、

生きている喜びが感じられる


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ボージョレー・ヌボー?

赤いワインがおいしそうwine

でも、ボージョレーもよいですが、新嘗祭という祭祀があることは、日本人の大半がご存知ありません。

ここでお供えされる白酒、黒酒があることも、知られていません。

遠い国からやってくる赤いワインのことは知っていても。。。自国で取れるお米とお酒については知りません。。。

日本はやっぱり今、とっても変、です。

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2010年11月19日 (金)

緊急。本日の読売新聞夕刊に、

11月19日金曜日読売新聞、夕刊の「伝統芸」というコーナーに
「雅楽 悠久の歌舞 5 人気の陰で楽器作り危機」という記事が掲載されています。

和楽器の実習が中学校で必修となるなど、伝統芸能が見直されている、また国立劇場などでもチケットは完売、というポジティブな情報のなか、雅楽器の製作の危機について触れられています。

笙をつくるのに最上とされる滋賀の真竹が採れなくなりつつある、また、大阪・淀川の葦が、高速道路建設計画のために、危機にさらされている、といった内容です。

実は、そういった状況に加えて、今、ミツバチの群れが崩壊したり、消滅したりという現象が世界中で起きています。

さまざまな原因が推測されているなか、「犯人」のひとつとして、農薬があげられています。ミツバチがいなくなれば、笙の調律になくてはならない、「ミツロウ」が作れなくなります。

ミツロウばかりは、化学合成の材料からは、とても作り出せないでしょう。代替できる自然素材もありません。
また、笙の場合、笛のように息を吐くだけでなく、息を吸い込むため、下手な化学物質を使うと健康被害にまで及ぶ危険性もあるのです。

そのことを訴えるために、某所で、今、デモンストレーションの演奏とお話を計画していた矢先の記事、でした。

演奏は5分程度かと思いますが、詳細がまとまり次第、アップさせていただきます。

まずは、まだ間に合うかたは本日の読売新聞をお買い求めの上、御覧になってみてください(もちろん、後日、図書館ででも)。


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ここ数日

いろいろなかたがたに会うことが多くなっています。
また、1年振りでアポをとったかたとも、よいお話ができました。

がんばっております、わたし!?


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理想が強すぎると

厭世的になり、人を毛嫌いするようになります。

ひどい場合には攻撃的にshock

強烈な「美意識」もそうですね。
でも、善し悪しで、クリエイター、アーティストにはそういったタイプの人も多いようです。

わたしも理想は強いほうだと思います。

すでにある、人のあり方や想いを受け入れながら、たくさんの人を巻き込んでいきたいと思います。。。

それも「理想」だったりしてdog


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2010年11月17日 (水)

突然ですが2

なぜ1ヶ月も前の東大寺の写真を突然アップしたかといいますと。

ようやくマックのiphotoの使いかたがわかってきたからです(汗)。

外部カメラとの接続が上手くいかず、PC内蔵のphoto boothからの写真をアップしたりしていました。

Img_0225

右方の大太皷。
昨日アップしました左の龍に対し、こちらは鳳凰。


それにしても雅楽の装飾には霊獣、霊鳥がたくさんいて、本当に楽しいです。
もちろん、陰陽の思想や世界観などを表しています。

勢いよく雲気を吐く構図、すばらしいですね。


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突然ですが。

Img_0223

東大寺光明皇后1250年御遠忌の際の写真。先月の10月14日(初日)のときのもの。
この金色のしずくのようなものは、中が空洞になっていて、しかもおもりのようなものが入っているらしく、風にゆれると、からころと、とても風情のある音をたてるのです。

思わずICレコーダーで録音してしまいました。

Img_0232

左方大太皷。左なので、竜の浮き彫り。
壮大な東大寺大仏殿の前で、よく映えていました。

やっぱり、原初の雅楽は、この雰囲気なんだわ!
と、実感してしまいました。。。


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2010年11月16日 (火)

在りし日の

Img_2117

白い手袋。

Img_1933

珍しく(?)、しゃきーん。
冬毛でふくふく。。。

Img_1723雨の日、ひとりぽつねん。。。

Img_0053いつもは二人。。。とっても仲良しでした。

こちらは今年の9月の写真で。。。
写真はこちらが最後でした。

寂しいなあ。。。

かなり前ですが、イギリス・ケンブリッジ大学のコレッジに住み着いている何匹かの猫の写真集が有名になったことがありました。。。
題して「ケンブリッジ・キャット」。
しかつめらしい顔をしたケンブリッジ大の教授も、猫にはめろめろ。。。
厳粛な古いケンブリッジ大の建物の前で、シルクハットの紳士が猫と握手している写真などは、ほのぼのした雰囲気が漂っていました。

でも、そうすると、この猫さんたちは「インペリアル・キャット」???
当のご本人は、そんなことなどおかまいなく、のんびりした人生を送っていたようです。

・・・君のことは、忘れません。

また、どこかで、会おうね!!

 


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録音

PCの内蔵マイクで笙の音を試しに録っていますが。。。

「キンコンカンコーン」と固い音に☆

鈴のような音色、というよりは洋風に「ベル」の音。

狭い和室で録っていたので、そのせいもあると思います。

吹いているのはもちろん、現代曲です。
強いアタックなどを吹くと、レベル調整をしていても、エッジが切り立った音になります。

これはこれでおもしろいので、何かできれば、と思っています。


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2010年11月15日 (月)

大好きだった。。。

お猫さんが他界されていました。

今日初めて、訃報を聞きました。
具合がよくなさそうで、ここ数ヶ月、気になっていたのですが。

初めて会ったのは、何年前のことだったのでしょう。

最初はあまり人間が好きではなかったようで、近くには寄らせてくれませんでした。

でもこの数年は、抱き上げると喜んで、ごろごろとのどを鳴らしていました。

典型的な「ぶさカワイイ」猫さんで、ぼてっとした体型がまた愛らしく、それなのに目つきは非常に悪くて。。。

ふてぶて+ぶさカワイイ猫でした。

考えてみるとお稽古で落ち込んでいるときでも、わたしはあの猫さんに随分となぐさめられていたのです。

「本人」は知ってか知らずか、無邪気に寄ってきては、「ご飯?」という顔をしていましたが、その屈託のなさに、気持ちを軽くしてもらったことが何度もありました。
「にゃおおおお」と吠えつかれるように鳴かれると、嬉しくなりました(笑)。

あまり知られていない事実ですが(ちょっとおおげさですが、、、)多忠麿先生は猫がお好きで、ご自宅にも猫を飼われていました。
「あきこ」さんという雄猫さんでしたが。。。
いつも激務に追われていらした先生も、猫の「のんびり顔」を見て、心を休められていたのでしょうか。。。

この季節になるといつも忠麿先生のことを思いだすのですが、、、(ご命日は12月です)。

なんだか、その想いと重なって、今日はとても寂しいです。

「ふてぶて猫さん」は、楽部の前にお住まいでした。

心からご冥福をお祈り申し上げます。。。


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またひとつ、、、

夢が叶いそうです。。。

来年は少なくとも3つは、長年の夢がかないそうな気がします。

こつこつ、積み上げていくと、形ができてくるものですね。
今、具体的な内容は書けませんが。。。

わたしが最終的に描いている夢は、途方もなく大きなものです。
人に言ったら、笑われるか、あきれられるか、どちらかでしょう。

でも、、、韓国国立国楽院のワークショップから帰国して、、、自分のCDを「作りたい!」と夢を抱きました。
そのときは、小さな自主制作のCDのつもり、でした。

そのときにもし、「江原啓之さんにもご参加いただくんだ〜♪」なんて言ったら、(何言ってるの?)と人に言われたことでしょう。
江原さんにお会いすることができるなんて、まして、こんなCD(「祈りの海へ・・・」朗読は江原啓之さん)ができあがるなんて、夢にも思っていませんでした。。。

こつこつこつこつ、、、笑われても、あきれられても、「夢の素材」は積み上げていくつもりです。

今年もあと1ヶ月とちょっと。。。
こつこつこつこつ。。。。辛い経験もあるのですが、それも、楽しんでいます♪




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2010年11月14日 (日)

厚みのあるリードは、、、

たいがい、安定していて、しかも、扱いやすいです。

かたや、薄くて腰がないリードですと、軽く鳴りますが、ピッチが安定しないこともあります。。。

ただ、厚みのあるリードは、現代曲のときに困ります。

ピアニシモが非常に難しい。。。

ただ、これも、リードの切り方とか、材質とか、ふねの形とか、いろいろなことの影響を受けるので、一概には言えず。。。

そういうことを考えだすと、何管も楽器が欲しくなりますねheart04

美学にこだわりだすと、キリがありません。。。


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キーワード(メモ)

源氏物語、平家物語。

陵王。面。中国。荒序。

明治神宮。

高野山。薔薇の刺繍。古い装束?

装束。刺繍。楽器。

笙。。。笙を追って? 

大太皷。空気感、重低音。バランス。写真。右方左方。

謎かけみたいですが、メモです。

さて、明日は篳篥のお稽古。

相変わらず、5分と口が持ちません(;ω;)

続きを読む "キーワード(メモ)"


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2010年11月13日 (土)

simple

ここ数日に、わーっといろいろなことが起こって、(・・・わたしが勝手に起こしている面もありますが、( ^ω^ )

家のなかが、わーっとごちゃごちゃになりました( ̄▽ ̄)


わたしの頭のなかを反映しているようです


Simple is best.

です。

仕事を抱え込みすぎ。

アイディアを溜め込みすぎ。

そろそろ発散モードに入りたいと思います。


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2010年11月12日 (金)

♪♪♪

先週は武満さんの曲を中心としたコンサートを聴いて、

今週はアグレッシブなバンド(でも、恐ろしくクールでスタイリッシュ!)のライブを聴いて、

ふふふ、ふーん♪

どうやったら笙がはいれるかなって、ずっと頭で音を鳴らしています。

さてさて、明日は古典のお仕事のお打ち合わせ。。。

あ、へび? 
ちょっと腰をいためて、練習を控えていますが、長島鍼灸院で、ほぼ一発で軽くなったので(驚異!!!)、そろそろ練習を再開します。

(へび=還城楽)


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2010年11月10日 (水)

ああ、もう、

常に五線紙を持っていないと、だめだあ。。。

今日は音のシャワーをたっぷり浴びてきました。
陶酔heart04

でも陶酔しながら、まったく別の曲のアイディアがふわっーと浮かんできて、さらにディープに陶酔。
書き留めておきたかったなあ。

そして、陶酔さめやらぬなか、地下鉄の駅に降りたわたしは、目の前で自分が乗るべき電車のドアがしまったのにも、しばらくの間気がつきませんでした。。。

ちゃんちゃんnote


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昨日は、

笙の調子などを吹きましたが、442ピッチでしたので、かなり違和感。
明るいなあ。。。でもしばらく吹いていると、なかなかすてきと思えるのですが。。。

毎度のことながら、なぜくるくると楽器をまわしているのですか?とのご質問(コンロのこと)。

ひとり、とても熱心なかたがいて、話し込まれました。

音楽愛好家の素人さんのご質問やご意見は、参考になります。

プロの質問はもちろんコワいのですが、遠慮もありますし、プロ同士の共通言語の部分で会話してしまうので、逆に核心にいたらないこともあります。

小さな演奏の機会でしたが、大変、勉強になりました。


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とある本屋さんで。。。

一歩足を踏み入れたとたんに、店内に流れている音楽にうっとりとなった。

サックス。
コルトレーン。

肩がすっと軽くなり、幸福感に体がうきうきとしてくる。

My favorite things....

20代に大好きだった曲。もちろん、今でも。

目が覚める想いだった。


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勘と感

「打てば響く」といいますが。。。

まったくその通り、だと思います。
響きが、澄んで聴こえるところがあるのです。

その音を合わせていくと「合竹」になります。

判断は一瞬、です。

人間関係も、同じ。


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2010年11月 9日 (火)

手の感覚と手作業の文化

世の中、大量生産と、短時間で得られる成果にしか、目が向かないようになっていますが、、、

じっくりと時間をかけて、得られる成果こそ、大事です。

また、ネットや携帯で得られる情報よりも、自分の手の感覚や皮膚の感覚で得られるもののほうが大事、です。

ネットや携帯を否定している訳ではありませんよ〜(じゃないと、ブログ、書けませんよ!)。

ただ、実体験のほうが、「情報量」が格段に違うのです。

今日は写真を掲載する時間がありませんが、、、明治神宮で「御香」の袋を買ってまいりました。紙を折り畳んで御香を包んであるのですが、とても複雑な折り方ですが、簡素ながらゆかしい感じです。

これ、全部、手で折っておられるのだろうなあ、、、と思います。
大変な作業かと思いますが、、、でも、お値段は通常の匂い袋より、お安いぐらい?

香りはとても柔らかく、ほのかな感じがとても上品です。

明治神宮にご参拝されたかたは、ぜひ、、、
明治神宮、季節的にも、本当にすばらしい場所ですよ。

パワースポットで騒がれているようですが、ゆったりすごすだけで、身も心も休まります。
インスピレーションもたっぷり、湧きますし。

奈良に行けないときは、明治神宮に伺おうかと思っています。

ネット情報より、実体験、です(笑)。


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2010年11月 8日 (月)

人生の「下見」

10代、20代に、なんとなくふれていたことが、今、新たに展開してしまうことがあります。

無意識のうちに、未来の下地を作っていたわけです。

今、携わっていて、訳がわかずに関わっていること、なぜだかわからないけれども、やらずにいられないことがあるとしたら、それは「自分の未来の下地になること」かもしれません。

そして人は、無意識のうちに、ちらちらと未来に「下見」に行っているのかもしれません。

下見にいったときの、プランが無意識下にあるから、現在、行動してしまう。。。

そう思うと、直感に基づいた行動には、自信を持つべきですよね。


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ふー、

忙しいです。。。

あさっては某所で調子と「月の光」を吹く予定。

昨日は、武満徹さんのコンサートを聴きにいってまいりました。
最初期の作品や、ほとんど公で演奏されたことのない作品なども聴けました。

未完だったという、最初期の作品は、習作ながら、繊細な優雅な音の重なりは、すでに武満さんらしさに満ち満ちていて。。。

途中の何曲かは、「これ、メシアン?」と思われるものもあって。。。
どちらがどちらに影響を与えたのでしたっけ。。。

ただ、、、

正直に言って、わたしは、最後のアンコールの曲が、一番感動しました。
途中の解説で「武満さんは、絶妙なアレンジャー(編曲者)でもありました」というようなお話もありましたが。。。

出だしの数小節、(あれ、あれ?この曲は?)と、一番有名な部分(さびの部分)にたどり着く前の数小節で、もう涙が出そうになって困りました。

。。。でも、演奏者も、このアンコールが一番、乗っていたような?
最後は弦カルでしたが、、、生命力にあふれる、すばらしい演奏でした。

会場でCDを購入しましたが、、、忙しくて、当分聴けません!










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2010年11月 6日 (土)

自分の人生を振り返ってみると

わたしの特質として「応援する」ということがあります。

なぜだかわかりませんが、「この人いいな」「この人の活動、すてきだな」と思うと、無性に、応援したくなるのです。
人だけでなく、「この団体の運動はすばらしい」「この企業、いいよね」と、組織に対してもエールを送ることがあります。

しかも、何もかも振り捨てて、応援したくなる。
無償の愛?heart01

わたしの初の作品「祈りの海へ・・・」は、まず、ホスピス「きぼうのいえ」への応援、そして江原啓之さんへの応援、ということがありました。

笙の響きをたくさんの、まだ笙も雅楽も、聞いたことがない人たちにお届けしたい、という気持ちに加えて。

で、火がついちゃった活動です。impact

また、コンセプトしては、「がんばりすぎて疲れちゃっている、現代の若い女性に、笙の優しい音色をお届けしたい」ということがありした。
若い女性たちへのエール(あ、もちろん、50歳でも、90歳でも、100歳でも、気持ちが若い女性は若いのですよ〜)。

何事にも、真摯であろうとするあまり、疲れちゃっている人たちへ。。。

笙で、エールを届けたい。。。

そういう気持ちでいるときって、疲れませんし、またたくさんの人たちがサポートしてくださるんですよね。
こちらは「本気」ですから。。。

そして、またぼつぼつ「応援」魔の気持ちが。。。
いずこに向かいますか。。。

考えてみると高校生のときに、深夜に工場でアルバイトをして、「ワルシャワの『連帯』に義援金を!」と、お金を送っていた人ですから。。。
(高橋悠治さんの「水牛楽団」を通して、でしたが。。。)
正直にいって、あのころの世界の情勢とか、ワレサ議長のこと、連帯のこと、きちんと理解していた訳ではありません。
ただ、「何かを、応援したい、世界のお役に立ちたい」という気持ちが、高校生の頃から非常に強かったのは、事実なのです。

その頃は当然、芸大受験を目指していましたが、いつも悩んでいました。
高橋悠治さんの影響もあって、「クラシック音楽を専門的に勉強することで、世界と自分が乖離してしまうのでは?」という悩み。

「自分だけの、美しい世界」に、没入することが、わたしはできなかったのです。

その頃から、今の活動の萌芽はあった訳ですね。。。

でも、最終的には、わたしは今、「雅楽」を応援しています。。。

誰かを応援したい、と思っても、それは根っこで雅楽、そして笙につながっています。。。


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心の底からの想いは

天に届くみたいだ。

静かに、ひっそりと笙を吹いていたわたしが、なぜ個人活動を始めたかというと、笙の音色や雅楽のすばらしさをたくさんの人たちにお届けしたかったから。

自分の20代、30代を振り返って、こんな希有な人生はない、とふと気がついたから。

こんな貴重な体験を人に伝えないで終わってしまうのは、もったいない、と思った。

その想いをもって活動を始めたとき、運命がぱたぱたと変わり始めた。

今、新たな想いをもって、地盤固めをしています。

さあ、風は、吹くかな。。。


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2010年11月 3日 (水)

今日は

JTホールで久々にシュトックハウゼンの曲などを聴きました。

割と響きのよいホール。

実は、あまり期待していなかったのですが、とてもよい感じにまとまっていました。

こういう作品と演奏に出会うと、とても嬉しいですね。


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できました。モブログ。

できました。モブログ。
でも肩こります


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てすとします♪

てすとします♪


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おかしいなあ。。。

携帯でモブログを試してみたのですが。。。

上手くいきません。。。


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2010年11月 2日 (火)

伊藤@明治神宮です。

明治神宮御鎮座90年大祭。
本日は大祭第3日の儀。

今年は春の舞楽も、先日の秋も逃したので、明治神宮は1年ぶり以上。。。

朝の参道を本殿へと急ぐ。。。空気が濃い。。。そして、音。
都心の喧噪が遠くで聴こえるなか、鳥や虫の声、、、
空気の音。。。ああ、空気の音だ、と思う。
染み渡る音は、濃い空気のなかを伝わってやってくる。
倍音をたくさん含む音を聞いているときと、精神が同じ状態になる。

知人にビデオ撮りを頼まれていた。
一応、機材はかついでいったものの、、、

目の前の、厳かな儀式のなかで、とてもビデオカメラを構える気にならない。

さらに、近くに警備の人が立っている。。。。
(でも、かなり以前から頼まれていたのだし、、、彼は10年前には、同じ御鎮座祭で撮影した、と言っていたし、、、)おそるおそる、カメラを出したものの、やはり、すごすごとひっこめた。

これは、撮れない。
撮ってはいけない。止めよう。

撮るのはよくない。
はっきり、そう思った。

祭員さんの数がさすがに多い。
白い祭服の神職さんがずらりと居並ぶ様子はさすがに厳かで、自然に頭を垂れたくなる。

祝詞の声が響き、式は滞りなく進み、倭舞へ。
生まれて初めて拝見する舞に、心がときめいた。

日本の舞のなかでも、この舞がもっとも「そぎ落とされた舞」なのではないか。
簡素を尊ぶ、神道の舞らしい舞。
上臈二名と三、四臈とで袍の色が異なる。上臈は鮮やかな赤、三、四臈は緑(・・・と、言っても実際には濃い紺色)。
カメラを、構えないでよかった、と思う。
カメラを通すと、どうしても自分自身で観る目が甘くなる。

「舞」というよりは「所作」、と伺っていた。
まさにそのような感じ。
すっきりとした動作を数回、繰り返す。
ただ、シンプルであるから(単調、というのとは訳がちがう)、余計に、場がすっきりと清まっていく感じがする。

亀足。

不思議な所作。

これは、心正しくないと、とても舞えない、、、と思う。
正しい、、、と言っても、「正義」というニュアンスとか、道徳的な「正しさ」、ではなく。
心が、よい状態に「調律」されていないと。

今風に言えば「ニュートラル」とか「フラット」とか、そういう感じがする。
自分の内側に、意識が集中していないと、できない。
茶道や弓道などの心得があるかたなら、わかると思う。。。

あっという間に終わってしまった。
舞人が幣殿から消えると、鮮やかな色彩が目の前から消え、再び祭員さんの祭服と烏帽子の白黒の世界に戻る。。。

一瞬の、夢。

きれいだった。

ご祭典は全体で約40分程度だっただろうか。

ふっつりと緊張感が切れる。
これだけ本格的な祭典は、久しぶり。

仏教のいわば、こてこての荘厳とは、ぜんぜん違う。。。
ここまで簡素ななかに、切り詰めた様式を作り出したのは、背景にやはり「自然の摂理」を第一に考えた日本人の感性的な思想があるのだろう。

日本に入ってきた仏教は、西方浄土への「遠さ」の感覚。
神道は、「今、ここ」を極めていく感覚。ただ、神道にも仏教の思想が混じり、仏教には神道の一部がやはり入り込んだようで、調べていくと、双方共に、世界でもまれな、不思議な宗教観を作りだしている。

今日の奏楽は平調。
五常楽や
陪臚、鶏徳など。

心地よい緊張のあと、清まった空気のなか、呼吸が楽になる。

こんな時間を過ごせたことを、また有難く思う。
経験する前と後、では、ぜんぜん感覚が違う。


ただ今、神宮内でコーヒーを飲みながら、これを書いていますが。。。
しばらくの間、外に出たくなくなってしまう(笑)。

神宮内は、日本全国からの御献上品を飾ってあったり(贅沢品ではなく、地域の食べ物などの物産品でにぎわっています)、野菜の巨大な作り物があったり、JAさんが野菜を配っていたり、とにぎやかです。
お近くのかたは、秋の神宮、ぜひ一度、訪れられては、と思います。


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2010年11月 1日 (月)

さらにもうひとつのご質問にお答えして

「笙の人は、三皷を打つときは、篳篥の唱歌で打つのでしょうか、それとも高麗笛?」というご質問。

わたしは三皷は経験が少ないのですが。。。。

出だしは当然、高麗笛ですね(笑、言うまでもありませんが)。

あとは(あくまで、わたしの場合で、他の笙のかたがどうされているのかは、わかりませんが)、篳篥の唱歌がメインです。

ただ、あくまで「骨格」として篳篥の唱歌を耳で追っていって、拍子に大きく影響してくる、笛のかけ吹きのあるところは、やはり笛も聴きます。

舞人として非常にコワいのが、篳篥さんと笛さんのリズムがずれてしまった場合です。切れるところがずれる部分で、上手く篳篥と笛が整合してこないと(乖離してくると)、はらはらします。

そんなとき、三皷がどうリードしてくれるか、、、が頼みの綱となります。

あと、加以降のノリも非常に大切だと思います。

ぜんぜんテンポがあがらないときついですし、あまり早くからあがってきても面白くないものです。

そんなことからも、やはり打物は「コンダクター(指揮者)」だと思います。
ただ、雅楽の合奏の場合は、全員がコンダクターでもあると思います。

全部の楽器がテンポメーカーであり、コンダクターでも統制できない部分もあるので、、、

非常にスリリング、かつ「有機的」であるように感じています。。。


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ご質問をいただいていたので。。。

知人からメールで、ご質問をいただいていましたので、(遅くなってすみません〜!)回答いたします。

青海波の鞨皷の打ち方の名称「千鳥懸」の件です。

ご質問は、「舞楽のときだけでなく、管絃でも『千鳥懸』というのですか?」ということですが、、、言うようですね。

青海波の打物は、最初からこの曲のみの独特なパターンを打ちます(沙音声第四種)。
加拍子以降、鞨皷が非常に特殊なパターンになるのですが、このパターンは管絃でも舞楽でも共通の、八拍子のパターンです。

加拍子になってから、「諸来」がなくなって、「片来」か「正」だけのパターンとなるので、「千鳥懸」という名称がついたのでは、、、と推察します。

鞨皷の片面だけを交互に打ち続けるので、刺繍や縫い物の「千鳥がけ」の縫い目を連想させたのでは、と思いますが(お暇なかたはネットで「千鳥がけ」をチェクしてください。。。ジグザグの縫い目です)。それとも片来と正を絶妙の組み合わせで丹念に丹念に打っていくところが、浜辺の千鳥の足跡を想像させたのでしょうか。

(もし、正しい説や由来などをご存知のかたがいらっしゃいましたら、ご教示いただければ、幸いです)。

もちろん、青波海で着けるこの舞独特の装束(別装束と言います)の「千鳥」の刺繍とかけていますね。。。
ほんとうに、しゃれています!

そして、舞楽になると、この千鳥懸にさらに「男波」、「女波」というパターンが加わって、さらに複雑になります。

譜面によれば、加以降、「男波→千鳥懸→女波→千鳥懸」となります。
青海波は、やはり源氏物語の影響もあって、舞楽というイメージがあり、、また、この加拍子以降の太皷のリズムも強烈なため、そちらの印象が強いですが、鞨皷に関しては、「千鳥懸」は管絃、舞楽、ともにあります。

男波、女波は舞楽だけの打ち方です。

(参考:日本雅楽会発行の「雅楽打物総譜」)


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羽ばたくには

勇気が必要。

初めてのことは、誰でもこわい。

でも「はじめの一歩」を踏み出して、「鳥かご」から出ることも大事。


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明治神宮御鎮座記念祭

明治神宮御鎮座90年祭。

今日は楽友会による「東遊」があるそうです。

明日は倭舞。。。わたしもまだ拝見したことがありません。
わずか5分から10分程度の舞だそうです。

最終日は御神楽ですが、多分わたしたち一般の人間は御拝聴できないと思います。

雅楽協議会の会報には、御掲載があったようですが、なかなか東遊なども都内では拝見できないと思いますので、ご興味がおありのかたは、ぜひ。


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晴れ女邁進。

平安響さんの発表会、無事終了しました。
結局台風はリハ、本番ともさけることができ。。。

本番を終えたわたしはシビックセンターに寄り、舞の練習と唱歌のさらい直し。

シビックを出たのは9時半、そして帰宅する頃に。。。

雨。。。

今日はもう、11月。。。


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