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2009年7月10日 (金)

正倉院の御物

東大寺の宝物倉、正倉院。
光明皇后が聖武天皇の遺品をおさめた倉。

多くの雅楽器、すでに雅楽からは廃絶された楽器(今回CD「祈りの海へ・・・」で使った竽など)、香木、布、調度品、美術品。唐やペルシャなど、異国で作られた品々も多い。

1200年を経た今も、それらの品々は残っているけれども、科学的に見ればとっくに朽ちていてもおかしくないものが、なぜか、残っている。

校倉作りに調湿効果があるとか、いろいろ言われているけれども、戦乱の世を何世も経ても荒らされず、今の世のわたしたちがそれらの宝物を目にできるのは、保存に懸命になられた何世代もの人たちの努力と、何より、「光明皇后」の愛情が、倉全体を包んでいるからではないか、と思う。

1200年を経て、なお、彼女の思念は暖かく、倉全体を守っているような気がする。

悲田院、施薬院など、貧困や病にあえぐ人たちの救済のための施設を作られ、自らも病人の介護にあたったとされる。また、正倉院におさめられているような効果な薬草類も、病人には分け与えられた。

権力闘争渦巻く朝廷で、藤原家に生まれた。ゆえに「藤三娘」とも。
名は安宿媛(あすかべひめ)。

いったい、どのような女性だったのだろう。

光り輝くように美しい「光明子」。竽や笙の音は、彼女の心をお慰めしたのだろうか・・・

伝承もということも、技巧や技能ではなく、最後は、「人の想い」、想念であるように思う。


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