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2009年7月31日 (金)

まったりタイム・・・

Img_2080 折角、仁和楽の舞姿の写真をアップしようと思ったのに、うちの父が撮影してくれた写真はデータが重すぎ、わたしのサブのパソコンではなんと開くことすらできないという・・・

仕方ないので、うちの猫のしいちゃんの写真でも。。。
うちの両親がべたべたに甘やかせて育てたので、すっかり「世界は自分のもの」と思っているあほ猫です。え、誰かにそっくりですって。

Img_2077

人をあごでこきつかってご満悦のしいしい。朝の4時半ぐらいから、「ご飯~!」と、吼えます。


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2009年7月30日 (木)

夏の、暑い日の、もくもくふかふか、勢いのある雲が大好きです。

今日は夕方ごろ、光輝く雲をたくさんみました。
立ち止まって、しばし、その雲の上を飛んだり、ゆったりごろごろ寝転んでいる自分を想像しました。

それにしてもあの色、あの光は、洋の東西を問わず、どれだけたくさんの画家や絵師が、紙や壁画などに写し取ろうとしたでしょう。

音でも、ああいう世界を感じることって、よくありますよね。
ああいう、「斜めの光」を感じるような音が、やっぱり好きです。

うーん、うまくいえません(笑)。


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音響に関するジレンマ

誰か、和楽器に最適なマイクを開発して!(と、言ってもわたしは雅楽の楽器は「和」だとは思っていませんが)。

マイクを通してしまうと、あの笙の独特のうねりが、捕らえづらくなります。
マイクってすでに洋楽器の「フィルター」です。拡声しているのではなく、カットしている部分がある。

笙の響きは本当にむずかしいです。では、生の音が一番いいのか、というとそれも状況次第かと思います。

遠音、といいますが、遠音が利きづらい状況もある。

相方の楽器によっては、殺されてしまう場合もある。

本来、笙は相手の響きを「補強」する作用があるようです。

状況と編成とをよく把握しないと・・・笙の管の「特性」もありますしね。
響きのゴージャスな管か、しっとり落ち着いた管か。

雲中供養菩薩のようなイメージの音・・・って書いてもよくわかっていただけないと思いますが(笑)、そのイメージは何をやっていても保ちたいですね。


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大音量の時代

音がだんだんうるさくなる。

ピアノの音が大きくなっていったのは、リストの時代からだそう。
中学生の頃、ショパンの伝記など読んでいると、「プレイエル」というピアノの製作会社の名前がよく出てきた。ショパンの繊細な、やわらかい曲はプレイエル社のピアノから生まれてきた。

その後、ピアノは上流階級のサロンから飛び出して、コンサートホールで活躍するようになるのだけれど、それに見合った発達を遂げてきた。

雅楽は、昔は大人数で演奏されていた時期もあるので、そうそう合奏そのものの音量が大きくなった・小さくなったとはいえないけれども、各管の良し悪しが、だんだん大音量が出るかどうかのみで、判断されはじめている。

どうも、音量はあっても「響き」がない、という音があるようで、ひたすら「どうだ!どうだ!」と言われているようで、聴いていて辛くなってくる。

皆ヘッドフォンにiPodぶらさげて、電車のなかで自分の好きな音楽の世界に浸っている。実は、音楽を聴いているようで、「聴覚が起こすまぼろし」を聴いているにすぎない。

世界中の音楽を自由に聴いているようで、実は本当の、心を揺さぶられるような音楽の体験のチャンスを、ただただ、減らしているだけなのかもしれない。


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2009年7月29日 (水)

なんてまあ・・・

忙しかった月でしょう。
来月はさらに加速しそうです。

昨日は11月のアミュゼ柏でのコンサートの共演者、佐々木冬彦さん(ハーピスト、作曲家)、のお家にお邪魔して、ハープの実際の音を聴かせていただきました。

弦の数はピアノの半分なのに、ほぼピアノと同じ音域と音数。
あのような仕組みになっているとは、想像もつきませんでした。
(写真を撮ってくればよかったですね)。

笙との相性は非常によさそうです。

ただ、、、ああ、「あなた」も♭系が得意な楽器だったとは・・・・
管楽器などは♭系が多いので、笙は「お手上げ」の曲も随分とあります。

そう、笙は♯系の楽器。
でも、ハープのほうが融通が利くので、なんとかなりそうです。

制約の多い中で「ゲーム」をするのも好きです。
きりつめた動きのなかで、かすかな響きの曲もやりたい、と思っています。

雅楽の古典は、或る意味、「制約の多いフリー・セッション」かもしれません。


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2009年7月26日 (日)

夏本番。

あっという間に10日ほど過ぎてしまいました。

文月会第13回温習会、 無事終了いたしました。
ご来場くださいました皆様、どうもありがとうございました。

温習会終了後、装束をたたむ間もなく、次は茨城へ移動しました。

翌日の、大洗での舞楽は、、、とにかく、暑かったです。炎天下での奏楽。

それでも童舞はさすがにかわいいですね。
一番のおちびさんは、5歳。
出てくるだけでも「来たー!」という雰囲気です。

東儀俊美先生もご著書で書いておられましたが、子供の舞は、何をどうやっても「受け」ます(ある意味、うらやましい)。でも、初めての舞、お疲れ様でした!大人になったら、いい夏の日の思い出になるでしょう。

童舞も、もとは仏教の行事のなかで、舞われていたのでしょう。
子供の純なパワーには魔も退散?
写真をとる時間がなかったのが、とても残念。

もっと関東でもやるといいのに。。。

癒されました・・・confident

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2009年7月24日 (金)

インスピレーションの海

インスピレーションの中にずっと浸っていると、まるで深い海のそこにいるような気持ちになる。

ソラリスの海?

祈りの海?

一番心地よいのは、最後に自分が海のなかに、溶けていってしまうとき。

響きと光が、重なるとき。

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2009年7月16日 (木)

今月は・・・

まだ半ばを少し過ぎたところですが、感動的な出会いの多い月です。
そして、感動の度合いが大きすぎて、文章化できません。

こうしてブログを続けていても、「本当に書きたいこと」って、実はぜんぜん書いていないような気がします。感動がリアルタイムで進行中のものって、「渦中にいる」せいか、外側から眺められないのです。

CDでも、新たな出会いが。

11月アミュゼ柏でのコンサートの共演をお願いしている、佐々木冬彦さんのCDを購入して聴きました。

心を揺さぶられる、深い深い音です。

改めて共演させていただけることをありがたく思いました。

コンサートが楽しみです。


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2009年7月12日 (日)

国立劇場 東大寺 修二会

もう一枚のブログにも書きましたが、東大寺友の会の会員です。
先行予約があって、すでに2日分のチケットを購入しましたが、明日が一般向け発売日のようです。

笙の生徒さんからどちらか1日としたら、どちらがいいですか・・・?とご質問をいただきましたので、そのご返信のメールをコピペいたします。

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オススメは2日目の「走り」という行なのですが、いきなりこの行から始まる、という
のは見たことがなく・・・3月の二月堂、夜11時ごろ、いままでにぎやかだった行が、
だんだん音がなくなっていき、やがてお坊さんが「ひたひた」と走る音のみがずっと聴
こえる、という、不思議な行です。
天上界の時間に追いつくために、走って走って走るのです。
国立劇場ではどのような演出になるのか・・・

声明をじっくり聴かれるなら、1日目がオススメ。
2日目の「後夜」「じん朝」では、お経が「引き上げ」という省略形になるのです。
でもその分、リズミカルかも?
どちらにしても、おもしろいとい思います。
場を結界する大導師作法も入っていますし。
とれるといいですね。
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でも、2日間、劇場で観ても、修二会の行の100分の1も、伝わらないと思います。今回国立で初めてこの行をご覧になるかたは、できれば、行の意味やスケジュールがよくわかっているかたと、1度現地で体験されることをお勧めいたします。。。松明(たいまつ)だけで、帰っちゃ、だめですよ!!!


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2009年7月10日 (金)

正倉院の御物

東大寺の宝物倉、正倉院。
光明皇后が聖武天皇の遺品をおさめた倉。

多くの雅楽器、すでに雅楽からは廃絶された楽器(今回CD「祈りの海へ・・・」で使った竽など)、香木、布、調度品、美術品。唐やペルシャなど、異国で作られた品々も多い。

1200年を経た今も、それらの品々は残っているけれども、科学的に見ればとっくに朽ちていてもおかしくないものが、なぜか、残っている。

続きを読む "正倉院の御物"


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2009年7月 7日 (火)

letter to ...

某さん宛てのある日のメール。

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××様、

「雅楽は音楽じゃない」、なんて言ってしまうと語弊があるかもしれませんので、補足です。。。

今、一般にわたしたちが「音楽」と思っているものの幅があまりにも狭すぎるように思うのです。

リズムがはっきりしていて、メロディーと和声がないと、「音楽じゃない」ような。

わたしは生まれて初めて雅楽を中学校の音楽の時間に聴いたとき、、、
「爆笑」しました。(どうしよう?!これ、何?音楽なの?)

とらえどころのない音の霞。旋律はあるようなないような。
リズムは、まったくわからない、、、得体が知れないリズム楽器のようなものが「とことこ」と鳴っていて、ときおり、「どん!」と大きな音がする(これは、鞨鼓と太鼓の音、でした)。
授業中なので、笑いをこらえるのに、死にそうになっていました(笑)。

当時はショパンやバッハやモーツァルトやウェーベルンとか武満徹とか、そういうものがわたしにとっては「音楽」だったので、まさに、雅楽は「異元」、「別の世界の音」だったのです。

でも雅楽の音の世界を身につけて、あらためてここ数年、また洋楽も聴き始めて、ドビュッシーや現代音楽の譜面を見ていると、(雅楽的な呼吸や、フレージングを求めて、このような複雑な指示をだしているのでは?)と思うようになりました。

別に作曲家が「雅楽」そのものを聴いたり、意図した訳では、当然、ないのでしょうが、「メトロノーム」のように正確なテンポや「小節線」の呪縛から逃れようとしているような。
規則的ではない気ままなフレージングやブレス、休符。ただ、その気ままさ、アバウトさを出すのに、えらく大変な記譜をしなければいけないという。。。

とある神社さんに伝承されあている音楽の採譜のお仕事をしていたことがあるのですが、そういったときに「本当に、正確に、」譜面を作ろうとすると、それこそオリヴィエ・メシアンの譜面のような譜になってしまうと思うのです。

そして正確に書けば書くほど、現実に演奏した人、歌った人の意図からははずれていくような音の羅列になっていってしまう。。。これはジレンマ、でした。

でも、やっていること自体はばかみたいに簡単な音、だったりする訳です。

あ、でもだから何なのかと言いますと、
音楽って、音って、もっと広い捉え方があってもいいなあ、、、と思っているのです。

「雅楽が音楽ではない」、のではなくて、「音楽」という意識の枠がもっともっとこれからは、広くなるのでは、、、と思います。

でも、メトロノーム的でビートもはっきりとあって、メロディーラインや和声がとってもきれいな音楽も、もちろん大好きです。。。
どちらかに、優劣をつけている訳ではありません。。。

まして、いきなりリズムも和声もない曖昧模糊とした音楽を作っても、とっても難解な雰囲気になりますので(笑)。

少しずつ、そういった雰囲気ものを丁寧に、感覚に従って作っていきたいと思います。よろしくお願いいたします。

伊藤えり拝

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今世紀は「歌の復権」の世紀になるのでは、と思います。生の、声の歌、という意味だけではなく、楽器の演奏でも、歌うことが、重視されると思います。

ポール・モチアンが来日したときに、聴きに行く機会がありましたが、(ドラムなのに・・・歌っている!!!)と感動しました。

雅楽もすべては歌が基本です。ピアノでもなんでも、歌っているかどうか、はとっても大きいです。


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2009年7月 5日 (日)

口伝集第十一 

・・・ただゆるゆるとして、のどかに節丸く、律に合て、篳篥音あるともきこえず、笛笙もそれときこえぬやうに、合をよろしく目出度く声をながながと使い、はかせのゆふゆふときこえるときはあしく、只一息に、声の助けなく、さらさらと常のことばをいう如く謡うべし。

「常の言葉をいう如く」。
今はどうしても朗々と謡いますよね。最初これを読んだときは、まったくぴんときませんでした。

「博士(墨譜)のゆうゆうと聴こえるときは悪しく」、わざとらしさを避けよ、ということだと思います。若いときから鍛錬を積んだ後白河法皇のこと、やろうと思えば、「博士がゆうゆうと聴こえる」謡いかたなど、お手のもの、だったでしょうに・・・

雅楽は、テクニックをひけらかすことや、芸を誇るような演奏を極端に嫌います。この辺は「レチタティーボ」の対極、かもしれません。。。

ちなみに、これは、「あしく」は「声をながながと使い」以降を受けているのだと思います。


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2009年7月 3日 (金)

茨こきの下にこそ

茨こきの下にこそ、イタチが笛吹き猿奏で、かい奏で、イナゴ麿めが拍子つく、さてキリギリスは、鉦鼓の鉦鼓のよき上手。(梁塵秘抄巻第二)

かわいらしい歌です。鉦鼓は、雅楽器の打ち物のひとつですが、唯一、金属製の打物で、「チチン」と澄んだ音がします。

イナゴ麿が出てきたり、貴族が奏でる雅楽器をキリギリスが奏でたりと、権力者へのあてこすり? 

この歌は「鳥獣戯画」によく例えられますが、軽快洒脱な雰囲気は確かに、鳥獣戯画の世界。


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2009年7月 1日 (水)

「邦楽ジャーナル」にReviewが載りました。

CD「祈りの海へ・・・」評が載りました。

邦楽ジャーナル7月号

☆マーク4つをつけてくださったかたが二人、恐縮です。
かなり好意的に書いてくださっていると思いますが、やはりうれしいですねhappy01

江原啓之さんの朗読あり、読経ありと、なかなかとらえどころのないCDかと思いますが、製作上で苦労した点をうまく書いてくださって、本当にありがたいです。

(後日、詳細をどこかでアップしたい・・・と思います)。


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